セレンディピティを味方にする組織をどう作るか

セレンディピティとは「予期せぬ出来事から生じる驚くべき発見」と定義されます。組織にとって、セレンディピティを味方につけることは、成功への大きな原動力となります。セレンディピティの例は、自然科学からビジネスまでたくさんありますが、よく引き合いに出されるのは、3M社が開発した「ポストイット」でしょう。3M社の研究員が強力な接着剤を開発していた時の失敗作である「簡単にはがれてしまう」接着剤が、「しおりとして使える」とのひらめきを生み、出来上がったのがポストイット、一般的にいう付箋です。セレンディピティを偶然の産物とか幸運だと考えると、それは待っていないと訪れないコントロール不可能なものと捉えられますが、セレンディピティは単なる幸運ではなく、主体性を持った人々の行動とそれを支援する組織によって価値が生み出されるプロセスだと捉えることが可能です。セレンディピティが生まれるメカニズムを深く理解することができれば、セレンディピティを味方にする組織を作ることが可能になります。

 

Busch (2022)は、近年におけるセレンディピティに関するさまざまな研究をレビューして整理することで、組織においてセレンディピティが生じるメカニズムをモデル化し、組織がどのようにしてセレンディピティを味方にすることができるかの示唆を導きました。まず、セレンディピティが起こる発端となるのが、「引き金となる予期せぬ出来事 (serendipity triger)」です。ポストイットの例で言えば、失敗作としてすぐにはがれる接着剤ができてしまったという出来事です。これは計画的にできたものでも、狙ったできたものでもありません。この時点では、セレンディピティが生じる潜在可能性(potentiality)が生じたと解釈できます。これはあくまで潜在可能性であって、それがセレンディピティにつながるかどうかは、最終的にそれがヒットする製品やサービスなど価値のあるものとして「形になる(materialization)」かどうかで決まります。すなわち、潜在可能性を、価値のある製品やサービスのような形にするプロセスの理解が必要なわけです。

 

引き金となる予期せぬ出来事によって生成されたセレンディピティの潜在可能性が価値のあるものとして形になるかどうかを左右するのが「連想(association)」です。ポストイットの例でいうと、「すぐにはがれる接着剤」と、文房具としての「しおり」との関連が個人によって見出されることです。ここで重要になるのが、予期せぬ出来事を「何らかのチャンスが生じた」と感知する個人の能力(detection quality)と、それを別のものと結びつけて「こんな製品が作れる、このような市場に投入できる」というように、予期せぬ出来事が有する潜在的な価値を見つけだす個人の能力(linking quality)です。このプロセスにおいて、予期せぬ出来事に遭遇した個人が、柔軟な発想ができないゆえに連想から価値を見出すことができなかったり、そこから得られるアイデアを他のメンバーと共有しなかったり、それがチャンスであると感じてもすぐに諦めてしまったりすると、セレンディピティは生じません。逆に言えば、予期せぬ出来事からセレンディピティを生み出すことを促進する個人的要因は、セレンディピティの引き金を感知する力、柔軟な発想、アイデアの共有、粘り強さだったりするわけです。

 

予期せぬ出来事が、連想によって新たな価値をもたらすアイデアにつながり、それが驚きの発見や斬新な製品として形になることでセレンディピティが生成されたことになります。ここまで持ってくることができる組織が、セレンディピティを味方にすることができる組織です。では、このような組織をどう作れば良いでしょうか。まずは、セレンディピティの引き金となる予期せぬ出来事をチャンスとして感知したり、連想して価値あるアイデアを生み出すような個人の能力です。それに加え、組織としては、予期せぬ出来事から驚きの発見や製品につながるプロセスを円滑に促進する環境を整え、逆にこのようなプロセスをブロックしてしまう阻害要因を除去することが大切です。セレンピティのプロセスを促進する要因の1つが、組織が新たに得られた情報を活用して経営資源を機動的に動員するメカニズムです。ポストイットの例でいえば、くっつかない接着剤をしおりとして転用できるというアイデアが組織内で共有された際に、組織として即座にそれを製品化したり、マーケットリサーチをおこなったり、量産化するための資源動員を行うことができるような組織環境です。

 

経営資源を機動的に動員するメカニズムと同様に、セレンディピティの可能性を形にするために必要な人々を集めたり、アイデアを精緻化するために情報交換、意見交換などの組織メンバー間の相互作用を促進するような組織環境も重要です。ポストイットの例で言えば、アイデアを実現するために、技術者、開発者、マーケター、予算責任者などが集まり、自由に発言をして活発に議論し、そして連携して製品化を促進するような場が作れるかどうかです。自由な発言を促す「心理的安全性」も重要だとBuschは指摘します。そのような環境やプロセスによって、単なるアイデアが実現可能なアイデアに発展し、具体的な製品やサービスとして形になっていくわけです。つまり、セレンディピティを味方にする組織を作ることができるわけです。逆に言えば、経営資源を機動的に動員できない組織、組織メンバー間での相互作用や自由な発言が阻害されるような組織環境では、セレンディピティが生成されるプロセスがブロックされ、セレンディピティを味方にできないということになります。

 

もちろん、上記のような組織環境を整えれば、セレンディピティが次々と生成されるわけではありません。なぜならば、先に述べたように、セレンディピティは、引き金となるような予期せぬ出来事が生じることが必要であり、その出来事がもつ潜在性や、そのタイミングも、セレンディピティの頻度を左右します。しかし、セレンディピティを単なる幸運だと他人事のように捉えるのではなく、セレンディピティが生み出されるメカニズムを理解することで、それを生み出す能力を持った個人を特定したり育成することが可能となり、セレンディピティを生み出すプロセスを円滑化するための組織環境を整えることができるのです。今後は、セレンディピティを生成できる人材を育てるための企業研修や、セレンディピティを味方につける組織を作るための「セレンディピティコンサルティング」のようなサービスなども増えていくことでしょう。

参考文献

Busch, C. (2022). Towards a Theory of Serendipity: A Systematic Review and Conceptualization. Journal of Management Studies. 

https://doi.org/10.1111/joms.12890