大企業病を打ち破る「複雑系リーダーシップ」1

どのような企業にも創業期があります。一般的に創業期には企業規模は小さく、経営資源も限られていますが、創造性が発揮され、イノベーティブな事業や商品を生み出し、顧客や利害関係者、事業パートナーなどとの偶発的な出来事や関係性をうまくとらえることによって事業を軌道に乗せてきたことでしょう。企業経営は必ずしも安定しておらず、様々な混乱があり、倒産リスクも高く、メンバーも多忙な中で様々な活動に携わざるを得ませんが、それが社内でのエネルギーやワクワク感にもつながり、使命感ややりがいをもって事業を立ち上げてきたことでしょう。ただ、事業や企業の規模が大きくなるにつれて、事業や経営の安定性が必要になってきます。事業や経営のオペレーションをシステム化、標準化し、ルーチン業務を増やし、社内ルールを整備することによって事業や経営が安定してきます。これは一般的には官僚的なシステムを組織に植え付けることを意味しますが、同時に、将来、企業が大企業病に陥る種をまくことになるのです。

 

多くの場合、創業したての企業は攻めの一本鎗です。だんだんと事業が軌道に乗ってくると守りが必要になります。そして、大企業になってくると、守りが強くなりますが、一方で攻めのためのエネルギーに欠けるようになってきます。これは大企業病の兆候でもあり、企業で働くメンバーのモチベーションやエンゲージメントが低下し、やらされ感が増大し、システムやルールに縛られて自由が制限され、保守的で新しいことに消極的になります。これまでやってきた事業のカイゼン、既存顧客のメンテナンスなどには熱心ですが、新たな顧客を獲得する力や、新たな技術を導入した新規事業創出力が弱まってきます。企業内は秩序立ち、業務や経営が粛々と運営されますが、その分、なんとなく覇気がなく、エネルギーに満ち溢れた職場とは言えなくなってきます。創業期の活気あふれるエネルギーはどこに行ってしまったのでしょう。これが多くの企業がたどる大企業病への道筋で、その原因が、攻めのエネルギーがなくなっていき、守り一辺倒になってしまうところにあると考えられます。

 

創業したての企業は、生物に例えることが可能です。生物は生まれながらにして生きようという本能とエネルギーを持っており、そのために野生の勘を働かせながら環境に適応していこうとします。ある意味場当たり的な要素が強いですが、それでも様々な出会いや出来事をうまく取り入れて生存のために活かしていきます。生きるために新しいもを生み出し、創意工夫をし、自分自身も状況に応じて変化していきます。ですから、成長するにしたがって進化し、組織規模のみならず組織形態も変わっていきます。つまり、学習、創造、成長、変化、進化を志向する生物的な要素が強いのです。それに対して、大企業になってくると、安定を維持するために計画を立て、厳密に管理をし、効率性を高めようとします。これは、生物的であった創業企業に対して、機械的要素を組み込んでいくプロセスです。こうして組織は、時間を経るに従って機械のように安定的に動き、安定した品質のアウトプットを生み出し続ける機械に近い存在になっていくのです。組織が機械化することで、生物的な活気やエネルギーを失っていくのが大企業病だと考えられます。

 

では、このような大企業病を打ち破るためには、トップやミドルのリーダーはどうすればよいのでしょうか。いわゆる「両利きの経営」の論客は、組織が長期的に繫栄し続けるためには「攻め」と「守り」の二刀流が必要だと主張します。「守り」は、保守的な雰囲気が漂う大企業が得意とするところですが、「攻め」は、創業期のような活気とエネルギーが必要となります。どのような企業も過去には経験してきた状態とはいえ、そのような活気とエネルギーを取り戻すことはなかなかチャレンジングです。この場合に有効なのが、Uhl-Bienら(Uhl-Bien & Marion, 2009; Uhl-Bien & Arena, 2017)が提唱する「複雑系リーダーシップ」です。詳しく説明するまえにごく簡単に概要を説明すると、組織の中に「複雑適応系複雑系)」をもった「場」を作りだすことが、大企業病を打ち破り、創造性やイノベーションを生み出す活気やエネルギーを社内に作りだし、そして攻めと守りの二刀流を可能にする両利き用経営が実現する、それを実現するためのリーダーシップということになります。そのメカニズムを理解するために、まずは「複雑系」というシステムの特徴について理解しておきましょう。

 

Uhl-Bienらによれば、複雑系というシステムは、リッチな関係性で結びつつ自律性も兼ねそろえた個々のエージェントがそれぞれダイナミックに相互作用しあって動くことでシステム全体が自己組織化し、その結果として特異な現象が創発してくるようなシステムです。この「創発」は、全体をパーツに分解して理解する還元主義や線形の発想では予想できないため、全く予想外のこと、驚くべきことなどが生まれる可能性があります。これを非線形性を持った性質ということもできます。そして、いったん創発が起こってシステムの特徴が変化して新しいものが生まれると、その前の状態に戻ることがない、すなわち不可逆的な現象でもあります。これは進化を意味しているとも言えます。そして、まったくのランダムでもなく、完全な秩序だった状態でもなく、あるいはまったくの不安定でも、完全な安定でもなく、その中間、すなわちランダムと秩序の間、不安定と安定の間のような状態だといえます。一見すると混沌としているが、そこから次々と新たな秩序が生まれてくるといったイメージです。

 

複雑系という「場」において、次々と特異な現象が創発してくるという特徴は、企業経営や組織マネジメントに例えれば、組織や事業にかんする創造性やイノベーションが次々と生まれてくることになぞらえることが可能です。つまり、組織マネジメントに即していうならば、「複雑性リーダーシップ」によって組織内に複雑系の場を作るということは、組織内で自己組織化が進行して活気とエネルギーに満ち溢れ、創造性やイノベーションが次々と起こってくるような場を作るということになります。そのような場を作ることで、組織が若いころに持っていたはずのベンチャー精神を顕在化して次々とクリエイティブな提案を生み出しそれらを果敢に実験することができるようになりますし、大企業が強みとしている守りの能力を生かして、創造性やイノベーションを具体的な新規事業に変換して軌道に乗せ、安定的に運営していくということも可能になります。次回のエントリーでは、どのようにして組織内に複雑系の場を作っていけばよいのか、それを可能にする複雑系リーダーシップとは何かについて詳しく見ていきたいと思います。

参考文献

Uhl-Bien, M., & Marion, R. (2009). Complexity leadership in bureaucratic forms of organizing: A meso model. The Leadership Quarterly, 20(4), 631-650.

 

Uhl-Bien, M., & Arena, M. (2017). Complexity leadership: enabling people and organizations for adaptability. Organizational dynamics.