お客様からの理不尽な扱いに従業員はどう反応するのか(1)

組織の従業員を尊重し、公正かつ丁寧に扱おうとするのがフェア・マネジメントの基本ですが、従業員は組織のメンバー以外からも、フェア・アンフェアな扱いを受けます。その代表例が、サービス業における従業員が顧客から受ける扱いです。顧客対応を伴う業務の場合、様々なタイプの顧客と接することもあり、時には非常に理不尽だと思われる扱いをお客様から受けるということもあるでしょう。これは、フェア・マネジメントにとっても重要なトピックであるのです。何故ならば、組織として従業員をフェアに扱っていても、その従業員が顧客から理不尽に(アンフェアに)扱われるならば、それが何らかの悪影響を及ぼすことが予想されるからです。その例として、報復、怠慢、非生産的行動、そして従業員の心身のの健康問題などが挙げられます。


Rupp, McCance, Spencer, & Sonntag(2008)は、顧客から受けるアンフェアな扱いが、従業員の感情労働に与える影響を調査しました。感情労働とは、従業員が業務上求められる望ましい感情表現をする行為を指します。感情労働には、表層的行為(surface acting)と深層的行為(deep acting)の2つのタイプがあると考えられています。表層的行為は、実際に本人が持っている感情はそのままにして、業務上求められる感情表現のみを表現する行為を指します。それに対して深層的行為は、自分自身の感情そのものを、業務上表現が求められる感情に合わせようとする行為を指します。例えば、内心は怒っていても表面上は明るい感情表現をするような行為が表層的行為で、心の底から明るい感情で振る舞おうとするのが深層的行為です。


Ruppらは、顧客から理不尽な(アンフェアな)扱いを受けるほど、従業員は表層的行為を行いやすいと予測しました。表層的行為が増加すれば、それは真の感情と表現する感情が齟齬をきたしている状態ですので、本人の疲労を増加させ、心身の健康を損なうリスクも増えることになります。顧客対応の従業員は、顧客から不当な扱いを受けたとしても、業務上は笑顔でその顧客に接しないといけなかったりします。それが、本人の心身に悪影響を及ぼすのみならず、取り繕うような表面的な感情表現が顧客に伝わることによって、顧客満足の悪化を招く可能性も示唆されます。


しかし同時にRuppらは、本人の共感能力(相手の立場に立って考える能力:perspective taking)が高いほど、顧客からの理不尽な扱いが表層的行為につながる可能性が低いことも予想しました。ここで重要なのは、フェアか、アンフェアかというのは客観的なものではなく、受けた扱いを本人がどう知覚するかに左右されるということです。つまり、客観的には理不尽と思えるような扱いを顧客から受けていたとしても、本人が顧客の立場に立ってその理由を考えることで、顧客がそう振る舞う理由を理解することを促進するのだと考えられるわけです。Ruppらは実証調査を通じて、これらの仮説が妥当であることを確認しました。


もし、顧客から受けた不当な扱いに対して、「顧客の立場からすると仕方がないことである。そう振る舞う顧客の気持ちも理解できないではない」と本人が納得できるのであれば、その不当な扱いをアンフェアなものとは見なさずに受け入れることを可能にし、怒りなどの感情を生むことなく、真に明るい気持ちでその顧客に対しても接することができるかもしれません。つまり、表層的行為ではなく深層的行為で接客することが可能になるかもしれません。そうであれば、顧客からの不当な扱いによる悪影響が多少は和らぐと考えられます。Ruppらの研究では、従業員が常に顧客からアンフェアに扱われるリスクを抱えるサービス業務にとっては、従業員が共感能力を高めたり、共感能力の高い人物を採用することが重要であることを示唆するものだと考えられます。

文献

Rupp, D. E., McCance, A. S., Spencer, S., & Sonntag, K. (2008). Customer (In) Justice and Emotional Labor: The Role of Perspective Taking, Anger, and Emotional Regulation†. Journal of Management, 34(5), 903-924.