将来性の高い人材では賃金の男女格差が逆転する理由と証拠:ハイポテンシャル女性プレミアムの存在

世界において、そして日本でも特に、男女間で賃金格差が存在することはこれまで多くの調査研究で指摘されてきています。そしてこれは、企業社会における男女格差、すなわち男性優位で女性が不利益を被るような社会が持続している証拠だと考えられています。例えば、企業の役員レベルにおける女性の割合が非常に少ないことからもいえるように、女性に厳しいビジネス社会では、どのような業界や階層においても、男性のほうが女性よりも賃金水準が高い傾向にあるということが常識として捉えられていると思われます。

 

賃金の男女格差を議論するときの主張の1つが、女性のほうが男性よりも能力や成果が低いから、就いている職業の生産性が低いからなどの性別の違いが間接的に関わっていて直接的には影響していない何らかの理由(こちらの例では、能力や職業の違いが直接的要因)ではなく、能力や成果などが同じである男性と女性を比べたとしても、男性のほうが女性よりも賃金水準が高いのだという主張です。もし、性別が直接的には賃金格差には由来しないが、特定の職業への就職や職位への昇進などにおける機会に男女間の不平等が存在してるということであれば、そのような男女の機会均等を実現すれば賃金の男女格差はなくなるはずです。しかし、性別が直接賃金格差に影響している、すなわち「女性だから賃金が低い」という現象が存在するならば話は別です。

 

しかし、近年では、このような賃金の男女格差に関する一面的な認識と理解に異を唱える研究が出てきています。その中でも、今回紹介するLeslie, Manchester, & Dahm (2017)の研究では、将来性が高い人材(将来、企業のマネジャーや役員になっていくような将来性を持ったハイポテンシャル人材)に限っていうと、ある特定の条件で、具体的には、ダイバーシティを重視する企業や職場において、賃金の男女格差が逆転するということ、すなわち女性のほうが男性よりも賃金水準が高くなることを理論的に説明し、それを2つのフィールド調査および2つの実験によって実証しました。このことから、Leslieらは、賃金における「ハイポテンシャル女性プレミアム」の存在を実証したのです。ではなぜ、将来性の高い人材では「女性プレミアム」が生まれ、賃金の男女格差が逆転するのでしょうか。

 

上記の理由について、Leslieらは、労働市場における需要と供給の関係を用いたマクロ的な理解と、戦略的人的資源管理の理論を用いたミクロ的な理論を用いて説明しています。マクロ的な説明としては、とりわけ企業のトップマネジメントの役員レベル、そしてそれを目指すシニアリーダーレベルの女性を増やすべきであるという社会の潮流があり、そのような努力をしようとしている企業が増加しているという現実があります。将来性の高いハイポテンシャルな女性の数はたくさんいるわけではないので、限りあるハイポテンシャル女性を獲得してつなぎとめようとする企業がそのような女性を奪い合うという市場構造になるため、需要と供給の関係として、同じレベルのハイポテンシャル男性よりもハイポテンシャル女性の賃金相場が上昇するということが考えられます。

 

ただ、労働市場の理解だけだとマクロ的な説明に偏っているので、実際にどういうメカニズムによってハイポテンシャル女性の賃金が男性よりも高くなるのかを説明することが求められます。そこで、企業の戦略的人的資源管理の観点から、実際に企業のマネジャーが従業員の賃金決定をする際の心理的側面にまでブレイクダウンして考えるならば、そこには「ダイバーシティ価値の知覚」というものが関連していることをLeslieらは指摘しました。別の言い方をすれば、将来性の高い女性の賃金が同じく将来性の高い男性の賃金よりも高くなる「ハイポテンシャル女性プレミアム」の正体は「ダイバーシティ価値」にあるということなのです。これは、ダイバーシティ推進が企業価値を高めるという戦略的視点において、将来性の高い女性はその存在だけで企業価値を高めているというような視点です。

 

トップマネジメントの女性役員の数を増やすことを目的とするなどのダイバーシティ方針を掲げ、ダイバーシティに積極的に取り組む企業や職場に必要なのは、その目的を実現するための価値を持った人材、すなわちダイバーシティ価値を持った人材です。そして、実際に企業のトップや役員レベルにまで将来上り詰める可能性のある女性社員すなわち将来性の高い女性社員は、このダイバーシティ価値を持った人材だと知覚されます。つまり、将来性の高い女性社員は、その会社にいるだけで、その会社のダイバーシティ推進に貢献していることになり、同じレベルの男性社員と比べてもより多く会社に貢献していると考えることが可能です。ただ、将来性が高くない女性の場合はそうではありません。単に職場に女性が多いということと、トップマネジメントや上位層に昇進しそうな女性が多いこととは話が違い、後者の存在のほうがダイバーシティを推進しようとする企業の目的により貢献しているといえるので賃金プレミアムがつくのです。

 

理論的説明がわかったところで、実証としてはどうだったのでしょうか。Leslieらの1つ目のフィールド調査では、1つの大企業に勤務している男女の社員を社内アセスメントのデータから将来性が高い人材と低い人材に区分し、それを賃金データと比較することによって、一般的には女性社員は男性社員よりも約5%賃金水準が低いが、将来性が高い人材に限っていうと、女性社員のほうが男性社員よりも約7%賃金水準が高いことを確認しました。この企業でのハイポテンシャル女性の割合が少なかったので、この2つの結果の辻褄は合います。2つ目の実験では、賃金の意思決定をするマネージャーは、将来性の高い人材については、女性のほうが男性よりもダイバーシティ価値が高いと知覚し、それを介して将来性の高い女性の賃金を、同じくらい将来性の高い男性の賃金よりも高く設定する傾向にあることが確認されました。将来性の低い男女についてはそのような傾向は見られませんでした。

 

Leslieらの3つ目のフィールド調査では、S&P 1500企業の1992年から2006年までのデータを用いました。そして、ダイバーシティをより推進していると考えられている消費財・サービス産業の企業のほうについては、女性トップの役員報酬が同じ職位の男性役員の報酬よりも約20%高いことを確認しました。一方、ダイバーシティの推進度が相対的に遅く、業界的にも男性的な製造業の企業についてはそのような傾向は見られませんでした。ダイバーシティ価値の知覚に基づいたハイポテンシャル女性プレミアムの存在を示唆する結果です。そして、4つ目の実験では、ダイバーシティを推進している企業に働いているという設定を行った場合において、マネジャーは将来性の高い女性に対して有意にダイバーシティ価値の知覚を高めるという結果を得ました。

 

上記の4つの実証研究によって、Leslieらが主張する、将来性の高い人材では賃金の男女格差が逆転すること、そしてその理論的なメカニズムとして、ダイバーシティ価値知覚に基づく「ハイポテンシャル女性プレミアム」が存在することを示したのです。

参考文献

Leslie, L. M., Manchester, C. F., & Dahm, P. C. (2017). Why and when does the gender gap reverse? Diversity goals and the pay premium for high potential women. Academy of Management Journal60(2), 402-432.