ワーク・ライフ・バランスという用語は適切なのか

仕事と家庭との関わりに関するイシューは、近年になりますます重要になってきています。そして、経営学や人事管理、組織行動論、産業・組織心理学などの分野においては、ワークとファミリーの関係性に関する研究は、メインストリームになりつつあります。しかし、ここで気になるのが、肝心な専門用語です。わが国で数年前に流行し、それ以来、一般的に使われている言葉が「ワーク・ライフ・バランス」なのですが、この用語が、研究としてあるいは実践として考えるべき、ワークとファミリーについての様々なイシューに適切とはいえないバイアスを与える可能性があります。


ワーク・ライフ・バランスという言葉が生まれ、流行し、一般社会に普及した要因として考えられるのが、以前よく用いられていた「ワーク・ファミリー」や「ファミリー・フレンドリー」、もしくは日本語でいう「両立支援」は、育児や介護のための時間制約がある従業員、それも多くの場合女性を暗黙の対象としているというイメージがあったためでしょう。それを、必ずしも育児や介護を必要としない従業員にとっても、仕事と家庭生活(私生活)の両方のやりくり、とりわけ調和(バランス)は重要であるという視点から、ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)が使われるようになったと考えられます。


この傾向に対し、Kossek, Baltes,& Matthews (2011)は、ワーク・ファミリー関係に関する研究と実践の乖離とその解消方法について論じる中で、この用語問題にも触れています。彼女らは、「ワーク・ライフ・バランス」や「ワーク・ファミリー・バランス」という用語は、用いるべきではないと考えます。


まず、彼女らがワーク・ライフ(仕事と生活)という対比を否定的にみる理由は、ひとえに仕事は生活の一部であるからだと言います。生活には、確かに介護や育児、それからいわゆる余暇が含まれ、これらがワーク(仕事)と対比して捉えられるのはもっともですが、仕事も生活の一部としてとらえることができる以上、ワーク・ライフという対比は、あいまいな概念となりうるわけです。


次に、「バランス」という用語です。ワークとライフもしくはファミリーをバランスさせるということが良いことであるかのようなイメージがあるのですが、彼女らは、必ずしもそうではないというのです。彼女らは、ワーク・ファミリー・インテグレーションもしくはワーク・ライフ・インテグレーション(仕事と生活の統合)という用語にも否定的です。その理由は、すべての従業員が、仕事と家庭との「バランス」や、仕事と家庭との「統合」を望んでいるわけではないからです。仕事オンリーの生活をしていながら、十分に満足している人もいれば、その逆で、家庭中心で仕事は副次的に考えておりながらそれで満足している人もいるでしょう。また、仕事と家庭を統合させることを望まず、あくまで分離させたい人もいるでしょう。


このように考えると、現在使われている「ワーク・ライフ・バランス」という用語は、私たちが、仕事と家庭との関係にかかわるイシューを深く理解し、そういった理解を、個人が、もしくは企業が、お互いにとって健全かつ生産的なかたちで応用していくさいの妨げになる可能性もあるのではないかと感じられます。

文献

Kossek, E. E., Baltes, B. B., & Matthews, R. A. (2011). How work-family research can finally have an impact in organizations. Industrial and Organizational Psychology, 4, 352-369.

生産性を高める前に労働時間を劇的に減らす

ホワイトカラーの生産性問題、長時間労働問題は、以前から指摘されつづけられながらも解決が難しい、根が深い問題だといえます。そして、これらの問題は、ワーク・ライフ・バランスや従業員の健康といった問題とも絡んできます。たとえば、ワーク・ライフ・バランスをどう実現するかという問題を突き詰めていくと、結局、古くからある生産性の問題、長時間労働に行きつくことが多いということです。


この問題を解決する正攻法は「仕事の生産性を高めることによって労働時間を削減する」ことでしょう。生産性が低いということは、仕事の中に無駄なものや非効率な作業が含まれているからであって、それらを取り除くことによって生産性が向上すれば、その分、時間が余るため、労働時間短縮が実現するという考え方です。これは一見正しいように見えるのですが、おそらく実現するのが難しいでしょう。


しかし、上記とまったく同じロジックでありながら、より実現可能な方法があります。それは、生産性を高めてから労働時間を減らすのではなく、最初に、有無をいわさず労働時間を劇的に削減してしまうという方法です。このことは一見すると不合理に思えてしまうのですが、上記のロジックが正しいのならば、この方法も正しいのです。ただ順番が違うだけなのです。


そもそも、労働時間を急激に削減してしまったら、これまでと同じ量の仕事をすることが不可能となります。しかし、上記のロジックにもあるように、生産性の低い仕事には、無駄な部分、非効率な部分が含まれています。したがって、時間がないので、仕事をこなしていくためには、重要な仕事、優先順位の高い仕事に集中せざるをえなくなります。その結果、無駄な仕事はしない、非効率な作業は効率化する、ということがなされるわけです。結果的に、重要な仕事、優先順位の高い仕事のみをするので、労働時間を劇的に削減したにもかかわらず、アウトプットのクオリティは下がらないというかたちで生産性が上がるのです。

ワーク・ファミリー・コンフリクトと罪悪感:性別役割意識による影響

ワーク・ライフ・バランスは、近年の人事労務管理のキーワードとなっています。その理由が、従来のように、仕事を中心とした生活観を持っている社員ではなく、女性の社会進出や共働き夫婦の増加など、仕事以外の生活に時間が必要な社員が全体的に増えてきたことだと考えられます。一般的に、仕事と家庭の両立は大変です。ワーク・ファミリー・コンフリクトとは、仕事と家庭におけるそれぞれの役割が十分に果たせなくなることを指しています。ワーク・ファミリー・コンフリクトに陥れば、人々は、仕事ないしは家庭での役割を果たせないことに対する罪悪感を感じるでしょう。では、ワーク・ファミリー・コンフリクトと罪悪感の関係は、性別によって異なるのでしょうか。


LivingstonとJudge (2008)は、ワーク・ファミリー・コンフリクトと罪悪感の関係を理解する上で重要なのは、性別そのものではなく、性別役割意識(gender role orientation: GRO)だと主張します。確かに「ワーク・ファミリー・コンフリクトは女性のほうが陥りやすい、なぜなら、女性のほうが家事負担が多く、家族に対する責任が重いとされているから」という説明は成り立ちますが、これは、「男性は外で仕事をし、女性は家庭を守る」という伝統的な性別役割の概念に基づいた考え方です。けれども、現代社会は変容してきており、必ずしもすべての人がこのような考えに囚われているわけではありません。


そこで、LivingstonとJudgeは、性別役割意識を、伝統型(男性は仕事、女性は家庭と考える意識)と、平等型(仕事と家庭の関係に性別は関係ないとする意識)とに分類し、こらら性別役割意識の違いが、ワーク・ファミリー・コンフリクトと罪悪感の関係に影響を及ぼすと考えました。この考えに基づいて調査した結果、以下のような興味深い発見がありました。


まず、罪悪感には、家庭の事情によって仕事上の役割が果たせない罪悪感(家庭→仕事罪悪感)と、仕事の都合によって家庭での役割が果たせない罪悪感(仕事→家庭罪悪感)があるのですが、伝統型の性別役割意識を持つ男性の場合、その他のケースと比べ、家庭の事情によって仕事上の役割が果たせない場合に罪悪感を強く感じることがわかりました。これは、男性は仕事中心の生活を送るべきで、仕事が家庭より優先すべきだという考え方を反映しています。したがって、例えば休日出勤をしたり、家に仕事を持ち込んだりと、仕事の都合で家庭の役割が果たせなくてもそれほど罪悪感は感じないのですが、逆に、家庭の事情で仕事に支障をきたすようなことになった場合に、ひどく罪悪感を感じるというわけです。「仕事に私生活を持ち込んではいけないが、私生活に仕事を持ち込んでもかまわない」という意識なのでしょう。


次に、平等型の性別役割を持っている場合は、男女問わず、仕事の事情によって家庭での役割が果たせない場合の罪悪感が、伝統型に比べて強いことがわかりました。このタイプの男女は、仕事と家庭の役割に性別は関係ないと考えていることもあって、伝統型の人が考えるように、仕事のために家庭を犠牲にしても構わないという考え方には賛成しないわけです。仕事が忙しかろうと、家庭のこともきちんとしなければならないという責任感も持っているため、仕事によって家庭での役割が果たせなくなることに対して罪悪感を抱きやすいのだと考えられます。

文献

Livingston, B. A.& Judge, T. A. 2008.Emotional responses to work​-​family conflict: An examination of gender role orientation among working men and women. Journal of Applied Psychology, 93, 207-216.

ワーク・ライフ・シナジーの起こりかたに影響する個人差

仕事と家庭との間には、仕事の好不調が家庭の好不調につながる、もしくはその反対に家庭の好不調が仕事の好不調につながるというスピルオーバー(流出)効果が考えられます。例えば、仕事でうまくいかないとき、その影響が、家庭生活にも出てしまうという例や、家庭生活が充実していることが影響して、仕事も順調にこなせるようになる、という関係です。


ワーク・ライフ・シナジーが望ましいと考える場合、上記の例でいえば、仕事でうまくいくことが、家庭での好調につながり、あるいは家庭でうまくいくことが、仕事での好調につながるというのは大いに必要なのですが、仕事でうまくいかないときに、その悪影響が家庭に及んだり、逆に家庭でうまくいっていないがために、仕事で不調になるという関係は極力抑えたいものです。


Sumer & Knight (2001)は、こういった仕事と家庭の片方の役割での好不調がもう一方の役割での好不調に影響するスピルオーバー(流出)効果を、ポジティブな流出効果とネガティブな流出効果に分ける場合、これらの起こりやすさは、個人がもっている人間関係や人間観が影響すると考え、実証研究を行いました。


個人の持つ人間関係や人間観を「アタッチメント・スタイル」という分類を用いると、「自分自身をポジティブに見ているか、ネガティブに見ているか」という軸と「他者のことをポジティブに見るほうか、ネガティブに見るほうか」という軸で4つに分かれます。そうすると、アタッチメントスタイルは、(1)自分も他者もポジティブに見るために、自分を愛し、相手も受容する「安定型」、(2)自分をネガティブに見、他人をポジティブに見るために、相手に依存しがちな「被占有型」、(3)自分も他者もネガティブに見るために、何かと恐れを抱きやすい「恐怖喚起型」、(4)自分はポジティブに見るが他者はネガティブに見るため、相手を拒絶しやすい「拒絶型」に分かれます。


アタッチメントスタイルの分類を用いて、Sumer & Knight (2001)は、次のように予測しました。

  • 自分をネガティブに見る「被占有型」や「恐怖喚起型」の人は、家庭での不調が、仕事の不調につながりやすく(ネガティブな流出効果)、また「被占有型」の人は、仕事の不調が家庭の不調につながりやすい。
  • 「安定型」の人は、他のどのタイプの人よりも、仕事と家庭のポジティブな流出効果を得やすい。
  • 「拒絶型」の人は、他のどのタイプの人よりも、仕事と家庭が独立し、流出効果があまり起こらない。


Sumer & Knightの研究は、仕事と家庭のポジティブ・シナジー、ネガティブ・シナジーが起こりやすい度合いは、個人が、自分や他者をどのように見ているかに基づくアタッチメントスタイルによって異なりうることを示した興味深い研究であるといえましょう。

文献

Sumer, H. C., & Knight, P. A. 2001. How do people with different attachment styles balance work and family? A personality perspective on work-family linkage. Journal of Applied Psychology, 86: 653-663.

ワーク・ライフ・シナジーのメカニズム

ワーク・ライフ・バランスという言葉が流行して久しいですが、ワークとライフをバランスさせるとはどういうことなのかが曖昧にされたまま、言葉だけが一人歩きする場合も多々あります。単に仕事と家庭をバランスさせさえすればよいのか、ということです。


そこで、Greenhaus & Powell (2006)は、ワーク・ファミリー・エンリッチメント理論(work-family enrichment theory)を提唱し、仕事と家庭における片方の役割がもう片方の役割を改善するメカニズムを理論化しています。これは言い換えれば、仕事と家庭生活のシナジーを生み出すメカニズムについて理解する試みと言えましょう。


そもそも、仕事と家庭とが影響し合う効果は、大きく3つあります。1つ目は、仕事での充実や満足と、家庭における充実や満足を足し合わさって人生全般における充実と満足になるという「加法効果」です。2つ目は、仕事でうまくいかないときに、家庭での充実や満足がそれを補ってくれる、あるいは反対に家庭でうまくいかないときに、仕事での充実や満足がそれを補ってくれるという「緩衝効果」です。そして、Greenhaus & Powellが重視するのが、3つ目である仕事経験が家庭における質を高める、もしくは家庭経験が仕事での質を高めるという「ワーク・ファミリー・エンリッチメント」です。


彼らのモデルは以下のとおりです。まず、仕事もしくは家庭での役割経験(役割Aとする)によって、資源(リソース)が獲得されます。それには、技能的なもの、心理的・身体的なもの、人間関係・人脈的なもの、柔軟性、物理的資源、などがあります。こういったリソースは、まず、役割Aにおけるパフォーマンスを向上させます。また、これらのリソースの存在、そしてパフォーマンスの向上は、役割Aにおけるポジティブな感情につながります。そして、役割Aにおけるポジティブな感情は、役割Aとは片方の家庭もしくは仕事での役割(役割B)におけるパフォーマンスの向上につながることになります。


さらに、役割Aで獲得したリソースは、役割Bが本人にとって重要であるほど、もしくは役割Bとの関連性が高いほど、役割Bのパフォーマンスの向上に貢献します。例えば、私生活で形成した人脈が仕事に生かされたり、仕事で部下を管理する経験が子育てに生かされたりするわけです。


そして、役割Bのパフォーマンス向上は、役割Bにおけるポジティブな感情につながると考えられるのです。


Greenhaus & Powellによるこの理論は、いわゆるワーク・ライフ・シナジーが実現するメカニズムを、どちらかの役割経験が生み出すリソースおよびそれが感情やパフォーマンスにもたらす効果に焦点をあてることによって深く理解し、実践への洞察を得ることを可能にするものだと思われます。つまり、仕事もしくは家庭のどちらかにおいて、獲得したリソースや、高いパフォーマンスに基づく満足感やポジティブ感情が、もう片方の役割へも好影響を与えるというシナジー効果をわかりやすく理論化したと言えるでしょう。

文献

Greenhaus, J. H., & Powell, G. N. 2006. When work and family are allies: A theory of work-family enrichment. Academy of Management Review, 31: 72-92.

ワーク・ライフ・バランスのための境界マネジメント戦術

Kreiner, Hollensbe & Sheep (2009)は、ワークとホーム(ライフ)の境界線の引き方は、人によって異なるので、そういった個人の境界の好みと周りの環境との不適合がさまざまな問題につながるという「ワーク・ホーム・インターフェース」の理論を構築しました→「ワーク・ライフ・バランス論の新展開」


個人の境界線の引き方の好みと、個人の置かれた環境とがフィット(適合)しているのが望ましく、不適合状態であると望ましくないと考えるわけですが、人々は単に、受動的に不適合状態に甘んじたり放置したりするわけではないと考えます。つまり、不適合状態によって、ワークとホームの境界線が侵犯されたり、ワーク・ホーム・コンフリクトが生じそうな場合には、それを解決して望ましいワーク・ホーム・インターフェースを実現しようと主体的に働きかける存在であると考えられます。


Kreinerらは、そのような主体的な動きを、境界マネジメント戦術(boundary work tactics)と捉え、調査結果を元に、いくつかの戦術に類型化しています。まずは、行動的戦術(behavioral tactics)です。行動的戦術には、(1)他人をうまく利用する、(2)ITなどの技術を活用する、(3)仕事や家庭の活動に優先順位をつける、(4)ワーク・ホームの境界線を明確にする活動、しなくてもいい活動を選別する、があります。


次に、テンポラル戦術です。これには、(1)状況に応じてタイムマネジメントを行う、(2)小休止やリフレッシュする時間を入れる、があります。さらに、物理的戦略として、(1)物理的な境界をつくる(家で書斎を設けるなど)、(2)ワーク・ホームの空間位置を調整する(職住接近もしくは分離)、(3)物理的な小物を工夫する(カレンダー、写真、メールアドレスの使い分けなど)、コミュニケーション戦略として、(1)不適合が起こる前に事前に要望や期待を知らせる、(2)境界線を侵食するような相手と対峙する、などがあります。


人々は、これらのワーク・ホーム境界戦術を複合的に用いることによって、ワーク・ホームの不適合、ワーク・ホーム境界の侵犯や、ワーク・ホーム・コンフリクトといった問題を解決することができると考えられるのです。

文献

Kreiner, G., Hollensbe, E., Sheep, M. 2009. Balancing borders and bridges: negotiating the work-home interface via boundary work tactics. Academy of Management Journal, 52: 704-730.

ワークライフバランス論の新展開:ワーク・ホーム・インターフェース

ワークライフバランス」あるいは「仕事と生活の調和」という概念が、近年注目を浴びてきました。ワークライフバランスという概念は、学術的にはワークファミリー・コンフリクトから発展しています。つまり、仕事と家庭との役割の不調和が、本人の心身上の健康にも、企業の生産性にも悪影響を及ぼしかねないという問題意識から発展してきたわけです。


しかし、「ワーク(仕事)」と「ライフ(生活)」をバランスさせるべきという発想は、なんとなく底が浅いような気がしてきたのではないでしょうか。例えば、かならずしもワークとライフを区別し、バランスさせることが望ましい人ばかりではなく、仕事オンリーの生活を送っていても幸せな人もいるだろうと思います。若いころはワークライフバランスなど主張しないで、死ぬほど仕事すべしという人もいます。また、重要なのはワークとライフというトレードオフの関係をバランスさせることではなく、両方とも充実させることであり、それは、ワークとライフをうまく結びつけることで、ワークの充実がライフの充実も生むといったように、むしろワークとライフの統合ではないかという人もいます。


これらの先行研究の問題を念頭に、Kreiner, Hollensbe & Sheep (2009)は、ファミリー(家族)をホーム(家庭)と言い換えたうえで、ワーク・ホーム・インターフェースという理論枠組みを開発しました。これにより、漠然とワークライフバランスといわれてきた問題がより明確に理解できるようになると考えられます。


彼らの理論枠組みのポイントは、ワークとホーム(ライフ)の境界線の引き方は、人によって異なるので、そういった個人の境界の好みと周りの環境との不適合がさまざまな問題につながるというものです。例えば、ワークとホームの境界線を明確に儲け、それぞれを分けて考えることを好む人がいます。一方、ワークとホームの境界線を設けないで、それらを統合して考える人もいるわけです。前者は、お金を稼ぐための仕事と家庭や遊びは別と考えるし、後者は、仕事も生活もすべて人生そのものに他ならないというように考えることでしょう。


こういった個人の境界線の引き方の好みと、個人の置かれた環境とがフィット(適合)しているのが望ましいと考えます。例えば、仕事オンリーの生活を送っている人が、仕事オンリーの生活を求めるような会社で働いている場合とか、仕事と生活を明確に区別する人が、ワークライフバランス施策が充実した会社で働いている場合です。しかし、個人の嗜好と周りの環境とが不適合であれば、心身の健康を損なったり仕事の生産性に悪影響を与えるワーク・ホーム・コンフリクトなどの様々な問題が生じるわけです。例えば、仕事と生活の統合を求める人が、仕事と生活の区別を強調するような環境にいる場合、仕事と生活を無理やり分離されてしまうことへの苦痛が生じるでしょう。逆に、仕事と生活の区別を求める人が、仕事と生活の統合を強調するような環境にいる場合、仕事と生活を分けて考えられない苦痛が生じるでしょう。


そして、これら不適合の原因は、仕事面だけという単純なものではありません。Kreinerらは、5つの異なる不適合を特定しました。1つ目は、家族との不適合です。例えば、仕事と生活の統合を求める人の配偶者が、仕事と家庭の分離を望む場合、あるいはその逆です。「家に仕事を持ち込まないで!」という喧嘩が起こったりするのですが、それはどちらかに非があるわけではなく、境界線の嗜好の不適合が起こっているということなのです。2つ目は、上司との不適合です。仕事と生活の区別を明確にしたい人の上司が、仕事と生活を分けて考えない(仕事オンリーの価値観を持っているなど)ような場合です。家族サービスを優先させるために残業を断るような行動に不快感を示したりします。3つ目は部下との不適合です。自分の境界線の嗜好と部下の嗜好が合わない場合、部下をうまくマネジメントできなかったりします。4つ目は顧客やクライアントとの不適合です。仕事上のお客さんやクライアントの特徴やニーズが、自分の境界線の嗜好とあっていない場合です。そして5つ目は職業の性質そのものです。いずれも境界線の引き方の嗜好が環境と不適合を起こすと問題が生じます。


このようなワーク・ホーム・インターフェースの境界理論を用いるならば、単に「ワークライフバランス」というお題目を唱えるよりも、実際の職場における問題の所在とその原因をより適切に理解し、対策づくりに役立てることができるようになるでしょう。

文献

Kreiner, G., Hollensbe, E., Sheep, M. 2009. Balancing borders and bridges: negotiating the work-home interface via boundary work tactics. Academy of Management Journal, 52: 704-730.