ワーク・ライフ・シナジーのメカニズム

ワーク・ライフ・バランスという言葉が流行して久しいですが、ワークとライフをバランスさせるとはどういうことなのかが曖昧にされたまま、言葉だけが一人歩きする場合も多々あります。単に仕事と家庭をバランスさせさえすればよいのか、ということです。


そこで、Greenhaus & Powell (2006)は、ワーク・ファミリー・エンリッチメント理論(work-family enrichment theory)を提唱し、仕事と家庭における片方の役割がもう片方の役割を改善するメカニズムを理論化しています。これは言い換えれば、仕事と家庭生活のシナジーを生み出すメカニズムについて理解する試みと言えましょう。


そもそも、仕事と家庭とが影響し合う効果は、大きく3つあります。1つ目は、仕事での充実や満足と、家庭における充実や満足を足し合わさって人生全般における充実と満足になるという「加法効果」です。2つ目は、仕事でうまくいかないときに、家庭での充実や満足がそれを補ってくれる、あるいは反対に家庭でうまくいかないときに、仕事での充実や満足がそれを補ってくれるという「緩衝効果」です。そして、Greenhaus & Powellが重視するのが、3つ目である仕事経験が家庭における質を高める、もしくは家庭経験が仕事での質を高めるという「ワーク・ファミリー・エンリッチメント」です。


彼らのモデルは以下のとおりです。まず、仕事もしくは家庭での役割経験(役割Aとする)によって、資源(リソース)が獲得されます。それには、技能的なもの、心理的・身体的なもの、人間関係・人脈的なもの、柔軟性、物理的資源、などがあります。こういったリソースは、まず、役割Aにおけるパフォーマンスを向上させます。また、これらのリソースの存在、そしてパフォーマンスの向上は、役割Aにおけるポジティブな感情につながります。そして、役割Aにおけるポジティブな感情は、役割Aとは片方の家庭もしくは仕事での役割(役割B)におけるパフォーマンスの向上につながることになります。


さらに、役割Aで獲得したリソースは、役割Bが本人にとって重要であるほど、もしくは役割Bとの関連性が高いほど、役割Bのパフォーマンスの向上に貢献します。例えば、私生活で形成した人脈が仕事に生かされたり、仕事で部下を管理する経験が子育てに生かされたりするわけです。


そして、役割Bのパフォーマンス向上は、役割Bにおけるポジティブな感情につながると考えられるのです。


Greenhaus & Powellによるこの理論は、いわゆるワーク・ライフ・シナジーが実現するメカニズムを、どちらかの役割経験が生み出すリソースおよびそれが感情やパフォーマンスにもたらす効果に焦点をあてることによって深く理解し、実践への洞察を得ることを可能にするものだと思われます。つまり、仕事もしくは家庭のどちらかにおいて、獲得したリソースや、高いパフォーマンスに基づく満足感やポジティブ感情が、もう片方の役割へも好影響を与えるというシナジー効果をわかりやすく理論化したと言えるでしょう。

文献

Greenhaus, J. H., & Powell, G. N. 2006. When work and family are allies: A theory of work-family enrichment. Academy of Management Review, 31: 72-92.