働きやすい環境が生んだ長時間労働問題

わが国においては、従来から長時間労働が大きな問題となってきました。長時間労働が改善されないことが、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)や、女性活用などが進展しない要因となっているとも考えられています。この長時間労働問題は、皮肉にも日本企業が「働きやすさ」を整備した結果として生じた可能性について考えてみたいと思います。


日本企業が作り出した働きやすい環境は、例えば手厚い福利厚生に代表されます。大手企業ともなれば、通勤手当はもとより、独身寮や社宅、社内預金制度などが完備されています。福利厚生以外にも、社内でのリクレーションの充実(宴会、旅行、運動会、家族ぐるみで参加できるイベント)も挙げられましょう。これは一言でいえば、社員が家庭生活における「余計なこと」「面倒なこと」に煩わされることなく仕事に集中できるよう、住まいのこと、資金運用のこと、さらには冠婚葬祭の支援まで、家庭生活におけるあらゆる面において企業がサポートしようとする体制を築いてきた結果だと言えましょう。大企業で配置転換に伴う転勤の辞令が下りてから赴任地での着任までのプロセスを驚くほどスピーディに短期間で行えるのも、企業が引越しに伴う金銭面、労力面で全面的にサポートしてくれるからでしょう。


多少皮肉を込めて言うならば、日本企業によるこうした手厚いサポートは「社員が余計なことを考えずに安心して長時間労働できる」ような環境を整えたのだといえましょう。


さらに、企業では暗黙裡に若いうちに結婚することを勧奨してきたと考えられます。いわゆる社内恋愛、社内結婚、そして女性社員の「寿退社」のシステムです。これは企業にとっても様々なメリットをもたらしてきたと考えられます。


まず、企業の中核を担う男性正社員にとって、若くして結婚して専業主婦の奥さんが家庭を守るようになれば、自分の身の回りのことに気を使うことなく仕事に集中できます。もしも独身時代が長ければ、早く退社して夜は合コンをしたりデートをしたりと、仕事以外の遊びに気を取られてしまい、仕事に集中できなくなるでしょう。また、当然のことながら家事も含め自分の身の回りのことは自分で面倒を見なければいかませんから、その分時間が取られます。ですから、できるだけ若いうちに結婚をしてもらって、夜も含めて1日の大半を仕事に費やしてもらいたかったのです。昔の時代の女性社員は、社内では男性正社員を仕事面で支え、結婚してからは妻として男性正社員を家庭で支えるという役割を担っていたのではないでしょうか。夫は妻がいないと身の回りのことは何も自分でできない。給料は妻に渡してしまい、家計は妻が仕切り、小遣い制になっているなど、男性が会社での仕事以外のことは何もできなくても、それだけ仕事に集中できるのだから大いに結構ということだったのでしょう。


また、社内結婚であれば、寿退社して専業主婦になった奥様方は、元社員として会社の様子をよく知っており、男性社員が長時間働くことについての理解も示してくれるでしょう。このように、間接的にも男性正社員の長時間労働をサポートしてくれるわけです。なおかつ、女性社員が若い年齢で寿退社してくれるということは、企業の人件費的にも大きなメリットがありました。年功序列型賃金制度のもとでは、社員の年齢が上がればそれは人件費負担につながります。しかし、女性社員の場合、若い年齢で退職し、その穴埋めとしてさらに若い社員を雇うということで、安めの人件費で労働力を回転させることができたわけです。