なぜ戦略コンサルティングファームは超長時間労働から抜け出せなくなってしまったのか

戦略コンサルティングファームは、学部生や大学院生(MBAなど)の間で特に人気の就職先の1つだと言われています。しかし同時に、戦略コンサルティングファームは、一般では考えられないほど長時間働く職場であるという話も広がっています。近年、日本でも「働き方改革」が叫ばれ、世界的に見ても、ワークライフバランスなど長時間労働とは逆のトレンドがあるにも関わらず、戦略コンサルティングファーム長時間労働は異常だと言えるかもしれません。この点に注目したのが、Blagoev と Schreyögg (2019)です。 Blagoev と Schreyögg は、なぜ、戦略コンサルティングファームでは時代と逆行するような超長時間労働が慢性化しているのかという問いへの答えを見つけるべく、ある大手戦略コンサルティングファームC社のドイツ支社を歴史的な視点から詳細に分析しました。

 

実は、Blagoev と Schreyöggによれば、もともと戦略コンサルティングファームC社の仕事は(少なくともドイツでは)長時間労働ではなかったのです。1980年代までは、ドイツの平均的な企業と比べて極端に労働時間が長かったわけではありません。しかし、Blagoev と Schreyöggが突き止めたのは、その後、自然発生的に生じた長時間労働を伴う暫定的な業務構造が、2つの「ポジティブ・フィードバック・ループ」によってどんどん強化され、その結果、長時間労働を伴う業務構造が、簡単には改善できないほどに固まってしまった、すなわち「ロック・イン」されてしまったのだという現象です。以下で、もう少し具体的に説明しましょう。

 

まず、1980年代までの戦略コンサルティングファームC社の基本的な業務スタイルは、優れた戦略を描いた提案書を作成し、それをクライアント企業に提供するというものでした。これを、Blagoev と Schreyögg はアウトプット志向型の業務構造と呼びます。アウトプット志向型の場合、コンサルタントがクライアント企業にいく頻度はそれほど多くなく、日々の業務の多くを、自社のオフィスでのデスクワーク(分析や資料作り)に充てていました。しかし、1990年ごろから状況が変わってきます。戦略コンサルティングファームC社は、アウトプット志向型だけでなく、コンサルタントがクライアント先に常駐して、クライアントと密に関わる、プロセス志向型の業務構造を始めました。これは必ずしも、戦略的に行われたわけではなく、ある意味試験的あるいは自然発生的に生じたスタイルなのですが、この「クライアント常駐型」が、顧客企業からの支持を得て、どんどん拡大していったのです。

 

クライアント常駐型すなわちプロセス志向型の業務構造の場合、コンサルタントは、平日の日中は、常にクライアント先にいてクライアントの社員と会議をしたり一緒に動いたりしています。そうなると、アウトプット志向型の時に行っていたデスクワークや社内会議を自社オフィスで行う時間がなくなってしまいます。そのため、コンサルタント達は、クライアント企業の通常業務が終了した後に自社オフィスに戻り、夜間にデスクワークや社内会議をするようになっていったのです。夜間にデスクワークをやらないと、翌日またクライアント企業に出向かないといけないし、クライアント企業からは翌日までにやってほしい宿題が出るので、夜間にやるより他ないわけです。クライアントにも、「わが社は爆速で仕事をしてくれるエンジンを購入しているのだ」という認識があったという指摘もあります。これが、戦略コンサルティングファームC社の超長時間労働の端緒となったのです。

 

上記の端緒は、暫定的に生まれたクライアント常駐型の業務スタイルの中で、必要にせまられて対応した仕事のやり方でした。しかし、長時間労働を伴うこの業務構造が、2つのポジティブ・フィードバック・ループで強化の一途をたどります。1つ目のループは外部ループと Blagoev と Schreyögg が呼ぶもので、クライアント常駐型が顧客の支持を得て収益の爆発的な拡大を生み出したことです。 収益が増えるのだから、C社も、どんどん常駐型を拡大、優先させていきます。その結果として、C社では常駐型のコンサルティングが主流となり、日中はクライアント企業に常駐し、夜間に自社オフィスでデスクワークや会議を行う業務スタイルが定着し、それが当たり前のごとく強化されていったのです。

 

2つ目のループは内部ループと Blagoev と Schreyögg が呼ぶもので、社内の様々な仕組みや施策が、長時間労働を伴う常駐型の業務が定着する方向に接近していったことです。例えば、このころから、長時間労働を厭わない、若くて体力、知力、気力のあるエリート学卒者を高給で採用する動きが加速していきました。また、深夜まで仕事をするコンサルタントを支えるために、タクシー券の支給とかランドリーサービスなどの支援も始まりました。つまり、C社の働き方が、世間一般の働き方からすると常軌を逸するような長時間労働になり一般的な仕事感覚を持ったコンサルタントでは勤まらなくなってしまったため、長時間労働を厭わない優秀な若者を採用し、その若者に高給を与え深夜残業も快適にできるような環境を準備することになったわけです。それが長時間労働を伴う業務スタイルを助長させることになったといえるのです。

 

外部フィードバックループは、経済的成功がさらなる経済的成功を生むように長時間労働を伴う業務構造を固定化させる方向に働き、内部フィードバックループでは、社内のあらゆる制度や施策がお互いに補完しあって長時間労働を行うコンサルタントを支援する環境を整えることとなり、こちらも長時間労働を伴う業務構造を固定化する方向に働きました。その結果、C社の長時間労働を伴う業務構造は、簡単には壊せないほど強固なものとなり、いわゆる「ロックイン(動けなくなる)」状態に達したのだと Blagoev と Schreyögg は分析したのです。そして、ロックインされてしまった長時間労働をともなう業務体質は、その後、その業務体質が機能不全の兆候を見せた後も、いくつかの改善策をもっても変えることができないくらいに強固なものになってしまったといいます。簡単には壊せなくなってしまったがゆえに、C社が、ワークライフバランス施策など、長時間労働を解消しようとする施策を打とうとしても、成功することなく、慢性化してしまったのだというのです。

 

さて、Blagoev と Schreyögg の上記の分析は、経営学や組織論に対してどのような含意をもたらしているのでしょうか。従来の経営学や組織論では、組織は、外部環境に適応しようとする存在であると捉えがちでした。ですから、時代の流れとして長時間労働を解消する方向に動いているのであれば、その時代的趨勢に適応しようとして、戦略コンサルティングファーム長時間労働を解消する方向に業務改革を行うはずです。しかし、現実は違っていました。Blagoev と Schreyögg は、組織が外部環境に適応しようとするのではなく、逆に、外部環境から逸脱するような内部環境を作り出す、すなわち自社独特の仕事のペースを生み出すプロセスが働くことを示したのです。具体的には、社会一般の働き方や時間感覚とは逸脱した長時間労働を当たり前のように行う内部構造を戦略コンサルティングファームは作り出したのだといえるでしょう。それを説明するメカニズムが、外部と内部の2つの「ポジティブ・フィードバック・ループ」と、それによってもたらされる「ロックイン」だというわけです。

 

ですから、戦略コンサルティングファームに限らず、慢性的に長時間労働を厭わない職場体質になってしまっている一般企業や、ダイバーシティの重要性を頭では理解していながらも、現実にはいっこうにダイバーシティが進んでいない職場体質になってしまっている企業など、変革ができない企業の多くが、似たようなメカニズムによってロックイン状態に陥ってしまっている可能性があります。その場合には、表面的な小手先の施策では問題が解決できないこと、よって根本的な改革ないしは実験を繰り返すことによるロックインからの脱却を目指さなければならないということを肝に銘じる必要があるでしょう。

  

参考文献

Blagoev, B., & Schreyögg, G. (2019). Why Do Extreme Work Hours Persist? Temporal Uncoupling as a New Way of Seeing. Academy of Management Journal, 62(6), 1818-1847.