「創造的逸脱」のマネジメント

現代のビジネス環境において、従業員による創造性(クリエイティビティ)の発揮はますます重要になりつつあります。組織としても、さまざまな施策を通して従業員が創造性を発揮するよう動機づけていくことが重要となるでしょう。しかし、創造性は不確実性に満ちています。従業員がいくら創造的活動を行ったとしても、それがビジネスの成果に結び付くような創造的なアウトプットにつながるとは限りません。創造性には、その下準備(特定の分野に強い関心を持つ)、インキュベーション(アイデアを温め発酵させる)、洞察(ひらめきや発見を得る)、評価(さらに深めていくべきか見極める)、洗練(アイデアを洗練し実用的にしていく)といったプロセスがあり、しかもそれは一方向でなく試行錯誤や行ったり来たりを繰り返します。


つまり、創造的な活動は、その成果に関して不確実性に満ちているうえに試行錯誤を伴うため、組織の資源をどんどん消費するわけですから、限られた資源で経営している企業としては、従業員の創造的活動を野放しにしていればそのうち経営が成り立たなってしまいます。創造的活動を促進するためにはある程度の自由を従業員に与えることは大切ですが、いくら創造性を奨励するといっても、従業員の好き勝手にやらせるわけにはいかないのです。したがって、ある程度、従業員の創造的活動に対する制限を設ける必要があります。例えば、上司が部下の創造的なアイデアを判断して、芽がでなさそうであればストップをかけるといった行為が考えられます。


しかし、従業員の創造性へのモチベーションが組織からの制限や抑制を上回る場合には、従業員はしばしば反対を押し切ったりルールを無視したりして創造的活動を続けてしまうことがあります。例えば、上司に隠れて陰でコソコソと自分のアイデアの実現に取り組むといった活動です。Mainemelis (2010)は、こういった活動を「創造的逸脱(creative deviance)」と呼び、創造的逸脱がどのような条件で生起し、それがいかなるかたちで創造的なアウトプットにつながるのかに関するモデルを構築しました。創造的逸脱は「逸脱」行為ですから、よくない行動だといえます。しかしその一方で、上司に隠れて開発した製品が大ヒットしたという逸話があるように、組織に多大な利益をもたらす創造的アウトプットを生み出す可能性も秘めているのです。したがって、創造性を大切にしたい組織にとっては、従業員による「創造的逸脱」をいかにマネジメントするのかが重要であると考えられます。


先に述べたように、Mainemelisによれば、創造的逸脱は、組織が従業員に対して創造性を奨励しているにも関わらず、彼らの創造的活動にある程度の制限を設けなければならない場合に起こりうる行動です。従業員からしてみれば、創造性を発揮して組織からの期待に答えたい。しかし同時に、組織によって活動を制限されているがゆえに、それに従っていては創造性を発揮できない。だから、ルールや上司の反対を押し切ってまでも創造的活動を続けてしまうということです。組織としてはこういった行動にどう対処すればよいのでしょうか。


組織が「創造的逸脱」を認めず、例外なくそういった行為を罰したりしたらどうでしょうか。それは明らかに従業員の創造性への情熱やモチベーションを消すことにつながるでしょう。そもそも、逸脱せず上司の命令や組織のルールにしたがっていたら、創造的なアウトプットにつながる可能性が低いからです。表向きは創造性を奨励しておきながらそのような環境が与えられないことで職場の雰囲気は白けた感じになり、従業員の情熱も冷め、組織の活力を失いかねません。一方、従業員の創造的逸脱を見て見ぬふりをするなりして放置しておくこともできません。従業員が勝手にあれこれやりだせば、組織の規律が乱れて収集がつかなくなるでしょう。


したがって、創造的逸脱のマネジメントには、いわゆる「さじ加減」が非常に重要になってくると考えられます。上記にあげた両極端のケースの真ん中あたりでバランスを取るといった具合でしょうか。そもそも「創造的逸脱」は逆説的(パラドクシカル)な活動です。一方では望ましくない逸脱行為でありながら、一方ではビジネスの成功につながるポテンシャルを秘めているからです。だから、組織やマネジャーも、創造的逸脱のパラドクシカルな特徴をよく理解したうえで、状況に応じて見て見ぬふりをして放置するケース、毅然とした態度でそういった行為を阻止するケースを使い分ける必要があるのでしょう。

文献

Mainemelis, C. (2010). Stealing fire: Creative deviance in the evolution of new ideas. Academy of Management Review, 35, 558-578.