ジョブ・クラフティングの解剖学ーより深い理解のために

近年、組織や働き方の変化に伴い、ジョブ・クラフティングという概念への注目が高まっています。ジョブ・クラフティングとは、従業員が自らが担当する職務をより良いものに改善するプロセスを指し、従業員が主体的に行うジョブ・デザインとも言えます。これは、現代の組織や職場では、少なからず起こる現象だと考えられます。担当する職務内容や手順が厳密に管理されていて変える余地がほとんどなく、かつ従業員の職務遂行が常に監視されている状態では、従業員が勝手に自分のやっている仕事に手を加えることはできません。しかし、現代社会において、環境変化や顧客ニーズに素早く対応するために組織をフラット化させ、従業員の自律的な動きを重視するようになってきている状況では、多くの人々は、なんらかの形でジョブ・クラフティングを実践しているといえるのではないでしょうか。


しかし、ジョブ・クラフティングを「従業員による主体的なジョブ・デザイン」と大まかに定義してしまうと、ジョブ・クラフティングへの動機や、その機能や効果、そしてそれがもたらす結果などを詳細に理解することを妨げてしまいます。つまり、ジョブ・クラフティングと一口にいっても、それには特徴が異なる様々な種類ないしはタイプがあると思われるのです。レズネスキーとダットンによるオリジナルなジョブ・クラフティングでは、タスク・クラフティング、関係クラフティング、認知クラフティングの3つの分類でしたが、Bruning と Campion (2018)は、その後の研究の発展を念頭に置いた上で、ジョブ・クラフティングを複数の理論的フレームワークを用いて分類し、それぞれのジョブ・クラフティング類型が持つ特徴やメカニズムについて、理論的に考察するとともに、2つの実証研究を行うことによって明らかにしようとしました。


まず、BruningとCampionは、2つの軸を用いてジョブ・クラフティングを大まかに4つのタイプに分類します。1つ目の軸は、役割クラフティングとリソース・クラフティングの違いです。役割クラフティングとは、仕事を行う本人が、自分自身に対する便益を高めるために、自分がどのような立ち位置で、誰と関わりながら仕事をするのかを変更する(クラフトする)ことに主眼が置かれるジョブ・クラフティングです。役割クラフティングを行うことで、仕事への面白みやモチベーションが高まると考えられます。一方、リソース・クラフティングは、仕事の要求度を下げつつ、仕事を遂行するためのリソースを高めるために仕事をクラフトすることに主眼を置かれるジョブ・クラフティングで、リソース・クラフティングを行うことで、仕事への負荷やストレスが軽減され、元気に取り組むことができると考えられます。


2つ目の軸は、接近型クラフティングと回避型クラフティングの違いです。接近型クラフティングは、問題を解決したり改善を実現したいという目標に向かって仕事を改変しようとするジョブ・クラフティングを指し、回避型クラフティングは、仕事の役割や負荷を回避するような目的で仕事を改変しようとするジョブ・クラフティングを指します。この2軸を使えば、ジョブ・クラフティングは、接近型役割クラフティング、回避型役割クラフティング、接近型リソース・クラフティング、回避型リソース・クラフティングの4つに分かれます。ジョブ・クラフティングの効果や結果としては、充実感、ワークライフバランス、能率、パフォーマンス、チームワーク、プロセス改善、怠慢、離職など、さまざまな要素に影響を与えることが考えられますが、BruningとCampionは、ジョブ・クラフティングのタイプによって、効果が異なることを予測しました。


BruningとCampionによる最初の調査で、ジョブ・クラフティングはさらに細かく分類可能であることがわかりました。彼らが特定したジョブ・クラフティングは以下のように分類されます。

  • 接近型役割クラフティング
    • 仕事上の役割の拡大(仕事や関連する活動で果たす役割を当初よりも拡大する)
    • 社会的関係の拡大(仕事上の社会的リソースを活用する)
  • 回避型役割クラフティング
    • 仕事上の役割の縮小(仕事上の役割、要求、必要な努力、責任を、主体的かつシステマティックに減らしていく)
  • 接近型リソース・クラフティング
    • 仕事の組織化(仕事の要素を組織化するシステムや戦略を主体的にデザインする)
    • 適応(テクノロジーや他のリソースを仕事に活用していく)
    • メタ認知(仕事の組織的理解、意味づけ、自分自身の心理状態を認知的に改善する)
  • 回避型リソース・クラフティング
    • 減退クラフティング(仕事から自分自身を心理的、物理的に引き離していく)


BruningとCampionによる実証分析によれば、仕事上の役割の拡大は、仕事のやりがいの増加やストレスの軽減につながるなど、セルフ・モチベーティングな効果があると考えられる一方で、離職の意図など、将来のキャリアに向けた方向性にも働くことが示唆されます。社会的関係の拡大も、仕事のやりがいや満足度を高め、精神的に仕事に打ち込める状況につながると考えられます。人間関係の充実が離職意図を抑制する効果もありそうです。仕事上の役割の縮小は、回避型であるため、仕事からの後退につながることが示唆されます。仕事の組織化は、仕事の能率の向上やプロセスの改善を通じたパフォーマンスの向上、およびワーク・エンゲージメントの向上につながることが確認され、適応も、能率、チームワーク、改善などのパフォーマンスを高め、ワークライフバランスを向上させ、エンゲージメントも高める効果があることが示唆されます。メタ認知は、認知的クラフティングに類似しており、仕事の捉え方など、より心理的な効果をもたらすことが示唆されます。最後に、減退クラフティングは、仕事の能率の向上と仕事からの後退の両者に影響することが示唆されます。


やや複雑な説明になってしまったようなので、異なるタイプのジョブ・クラフティングがもたらす結果を簡単にまとめますと、役割クラフティングは、「やらされ感のある仕事をやりがいのある仕事に変える」といったように、自分にとって面白い仕事にするようなセルフ・モチベーションとしての効果が強いのに対し、リソース・クラフティングは、仕事をしていく上でのリソースを増やし、負荷を軽減していくような活動であるため、仕事の効率やパフォーマンスを高め、ストレスを軽減するなどの効果がより見込めるでしょう。そして、接近型クラフティングと回避型クラフティングを比較するならば、接近型のほうがよりポジティブな結果につながるため望ましいと言えます。回避型のクラフティングは、自分が仕事から遠ざかることを目的として行われることになるので、必ずしもポジティブな結果を生み出すということではないようです。

参考文献

Bruning, P. F., & Campion, M. A. (2018). A role–resource approach–avoidance model of job crafting: A multimethod integration and extension of job crafting theory. Academy of Management Journal, 61(2), 499-522.