日本企業はコミットメント型人事管理からコラボ型人事管理への転換を図ったのか

日本企業の人事の歴史的な趨勢を見ると、表層的、具体的には、終身雇用や年功序列型運用の人事制度を、より実力主義成果主義的なものに変換していくと同時に、非正規雇用を増大させることによる労務費削減も行っていったと理解することができましょう。しかし、もっと抽象的かつ理論的に眺めるならば、おそらく、日本のお家芸的でもあった「コミットメント型人事管理」から「コラボ型人事管理」への転換を図ったと解釈することも可能だと思われます。Mossholder, Richardson, & Settoon (2011)が用いたフレームワークを参考に、この転換プロセスについて考えてみます。


Mossholderらによれば、コミットメント型人事管理は、従業員を尊重し、従業員に多大な投資を行うことによって、彼らが内発的な意欲に基づき、企業独自の知識やスキルを活用して、自律的に活躍してもらうことを狙いとする人事管理だと言えます。企業と従業員との関係は、長期的もしくは永続的な関係であり、企業は、自らの発展を通じた従業員の幸福を実現するために喜んで投資を行います。企業は、中核的な社員を内部に長期的に抱え込むことによって、彼らを育て、企業独自の競争力の源泉を中核的社員に依存します。まさに、運命共同体としての企業運営を反映しています。


上記のような理由により、コミットメント型の人事管理の場合、採用においては、テクニカルなスキルよりも共同体のメンバーにふさわしい特徴を持った人材であるかどうかを重視し、入社後に、社会化と同時に手厚い教育投資を行います。コミットメント型人事管理を持つ企業の仕事の仕方はチーム型で、助け合いや共同作業、調整作業が基本となります。また、報酬は金銭的報酬に依存せず、例えば年功的な運用にとどめ、金銭的報酬もさることながら、社会的な報酬を重視します。例えば、貢献度が高いメンバーには地位や名誉が与えられる一方、そうでないメンバーにはインフォーマルないじめや罰などが待っているという具合です。人事考課も業績を見るというよりも育成目的で行うことが多いと考えられます。このような人事管理が、従業員の一体感、忠誠心、そして高いコミットメントを生むと考えられてきたわけです。


それに対してコラボ型の人事管理は、Mossholderらによれば、企業と従業員とは運命共同体というよりは、あくまで対等な関係であり、お互いがそれぞれの目標をすり合わせることによってベクトルを同じにしていこうとする人事管理だと考えられます。これは、日本における人々の価値観が多様化したり、仕事のみならずプライベートも含めた人生目標が大事になってきたりしたことへの対応でもあると考えれます。つまり、企業に従業員がべったりと寄り添った運命共同体なのではなく、ワーク・ライフ・バランスを重視する自立した従業員と企業とが、ある意味大人の関係でコラボしていこうとうする人事管理なのだと言えましょう。


コラボ型人事管理では、企業と従業員がべったりではなく、適度な距離、適度な緊張感を持って接します。金銭面、経済面においても対等な関係を保ち、それだけでなく非金銭的、社会的にも対等な関係を保ちます。ただ、前者のような短期的かつ経済的な交換に大きく偏ったドライな関係としての非正社員と、後者のような長期的・社会的交換も重視した正社員がミックスされた職場になるのも、コラボ型人事管理の特徴だといえます。これは、長期雇用に基づく正社員をとくに重視するコミットメント型の人事管理と異なります。


上記のようなコラボ型人事管理では、企業と従業員との目標の共有が重要になります。目標を共有したうえで、それを実現するための適切な能力やスキルを求めるため、採用においては能力面と性格面(目標や価値観とフィットしているか)がバランスよく考慮されます。教育投資については、知識やスキルの獲得に加え、社内でのネットワーキングを促進するようなものが行われます。仕事のやり方についても、従業員が協同して仕事ができるように設計されます。


ただ日本企業の場合、コラボ型人事管理を通り過ぎて、より短期的かつ経済的交換を重視する「コントロール型人事管理」の要素も取り入れようとした可能性があります。これは、短期的な生産性向上が急務であったこと、そのための人件費削減が望まれたことが背景としてあるでしょう。これは、一人ひとりの仕事内容を明確にし、それゆえ成果を「見える化」することによって、成果に応じた処遇(経済的交換)を実現しようとする方法です。長期雇用を前提とせず、あくまで短期的な成果や貢献に基づいて従業員に報いていこうとする仕組みです。表面的にはアメリカ型の人事管理を導入しようとしたあまり、抽象的、理論的なレベルでは、コラボ型とコントロール型が混在するような結果となってしまい、それゆえ本来この2つが持っている長所が生かせなくなった可能性も、いわゆる「成果主義」があまり成功しなかった理由として考えられるでしょう。

文献

Mossholder, K. W., Richardson, H., & Settoon, R. P. 2011. Human Resource Systems and Helping in Organizations: A Relational Perspective. Academy of Management Review, 36, 33-52.