職務満足と離職意図のダイナミックな関係性

優秀な従業員のリテンション(引き止め)は企業にとって死活問題です。そのため、組織行動学では、なぜ従業員が自発的に離職するのかの解明しようとする研究が数多くなされてきました。その中で最もオーソドックスな理論として、従業員の職務不満足が離職意図を引き起こし、それが実際の離職につながるという考えが生み出され、その妥当性を検証する数多くの実証研究が行われてきました。


たしかに、職務満足と離職意図とに関係があるというのは直感的にもわかりやすい理論なのですが、Chen, Ployhart, Cooper-Thomas, Anderson, & Bliese (2011)は、過去の数多くの研究には問題点が多いことを指摘します。過去の研究では、特定の時点での職務満足(不満足)が、その後の離職意図や離職行動に影響を及ぼすかどうかを検討してものがほとんどなのですが、そこには、職務満足が時間とともに変化するという要素が検討されてきませんでした。Chenらは、職務満足の絶対水準のみならず、職務満足がどのように変化してきているのかが大切であることを主張します。


例えば、特定の時点で職務満足度の度合いが同じ人が2人いるとしましょう。過去の研究による見解を利用すれば、この2人の離職意図の水準も同じということになります。しかし、Aさんは、過去の職務満足が現在よりも高く、だんだんと満足度が落ちて現在の満足度水準になっているのに対して、Bさんは、過去の職務満足が現在よりも低く、だんだんと満足度が上がって現在の満足度水準になっているとしましょう。これだと離職意図はどうなると考えられるでしょうか。平均でみると高い水準から落ちてきたAさんの平均満足度のほうが、低い水準から上がってきたBさんの平均満足度よりも上回っています。しかし実際は、Aさんのほうが離職意図は高いのではないでしょうか。


このように考えれば、職務満足の絶対水準や平均水準も大切ではあるけれども、満足度がどう推移してきているのかというトレンドも、本人の離職意図を予測するのに重要であるということがわかります。また、職務満足度の変化のみならず、それにともなって離職意図がどのように変化するかというのも重要です。Chenらは、このように職務満足度の変化が、いかなるメカニズムで離職意図の変化に関連しているかに焦点を当てて研究を行ったのです。


Chenらは、職務満足の変化は、過去の職務満足水準が参照点となって変化すると論じました。過去の職務満足度が高い場合、本人はそれを参照点として現在の状況を評価するため、少し辛めの評価になります。そうなると、トレンドとしては職務満足度が下がる方向に変化していきます。逆に、過去の職務満足度が低い場合は、現在の状況を、それよりも好転していると捉えがちなため、職務満足が上昇していく傾向にあると考えられます。そして、過去の職務満足水準と比べてどれだけ現状の満足度が上がったか、下がったかが、離職意図の変化を予測するうえで重要であると論じました。


過去の満足水準が参照点になっており、そこから下っているということは、本人にとって状況が悪化しているととらえていることを示しており、かつ今後も状況が悪化すると本人が思っていることも示唆していると考えます。悪化していると感じればますます悪化していくと感じます。それが精神的な負担にもつながり、離職意図を高めていくと考えられるわけです。満足度が過去と比べて上昇している場合は逆に、離職意図は減少していくと考えられます。


よって、Chenらは、職務満足度の平均水準が等しいと仮定した場合、満足度が低下していく場合には、その変化の度合いに応じて離職意図も上昇し、満足度が上昇していく場合にはその変化の度合いに応じて離職意図は低下していくと予測しました。すなわち、職務満足度の変化の度合いと、離職意図の変化の度合いが反比例するかたちで結びついていると予測しました。これをメインの仮説とし、さらなる状況変数を加えたモデルを考案し、複数回にわたる厳密な実証研究を行ってこういった職務満足と離職意図とのダイナミックな関係性についての解明を行ったのです。

文献

Chen, G., Ployhart, R. E., Cooper-Thomas, H. D., Anderson, N., & Bliese, P. D. (2011). The power of momentum: A new model of dynamic relationships between job satisfaction change and
turnover decisions. Academy of Management Journal, 54, 159-181.