企業同士の対等合併においてフェアネスとは何を意味するのか

フェア・マネジメントが重要になってくる場面の一つに、いわゆるM&A(合併および買収)があります。特に、日本の場合、銀行業界、保険業界、鉄鋼業界など、業界再編などに伴って同業の企業同士が合併するさいには、対等合併となるケースが多く見られます。では、対等合併における企業統合プロセスにおいて、お互いの企業にとってフェア(公平、公正)であるとはどのようなことを指しているのでしょうか。


この問題について、Monin, Noorderhaven & Kroon (2013)は、対等合併の統合プロセスにおける長期的かつ丹念な事例研究を行い、対等合併においてフェアネスの理解がダイナミックに変化する様子を捉えたモデルを構築しました。フェアネス(公正: justice/fairness)にはいくつかの次元があります。代表的なのが、分配的公正(distributive justice)、手続き的公正(procedural justice)、相互作用公正(interactional justice)ですが、彼らが焦点を当てたのは、対等合併において、人事ポストや保有資産などの各種リソースを両社でどのように分け合うかに関するフェアネス概念である「分配的公正」でした。


リソースをどのように分配するかに関するフェアネス概念である分配的公正には、いくつかの分配ルールが考えられます。そのうち、本研究の対象となったのは、平等ルールと衡平ルールです。対等合併における平等ルールとは、合併の結果生じるリソース(人事ポジションや予算配分、資産など)を両社で対等に分けることがフェアであるという考え方です。それに対して、衡平ルールとは、合併で生じるリソースの分配は、両社の業績等への貢献度に応じて配分すべきであるという考え方です。


Moninらは、対等合併の事例研究において、次のようなプロセスモデルを提案しました。まず、対等合併が起こる当初は、リソースを両社でいかに分け合うかという分配的公正が強く意識され、そこでは平等ルールが重視されます。つまり、できるだけ両社で平等にリソースを分け合おうとします。しかし、対等合併の統合が進むにつれて、平等ルールの重視がだんだんと衡平ルールの重視に変わってきます。つまり、合併会社全体の業績への貢献度に応じて資源を分配すべきだ、よって貢献度の高いほうの会社のほうがより多くの資源を獲得すべきだという考え方に変わってくるわけです。さらに、合併後の統合が進むにつれ、分配的公正の相対的重要性もだんだんと薄れていきます。つまり、リソースを両社でいかに分けあうかという視点がだんだんと重視されなくなるというわけです。


では、なぜ対等合併でのフェアネスの理解に関して上記のようなダイナミックなプロセスが起こることが考えられるのでしょうか。Moninらによれば、それは、企業合併に伴う統合プロセスには、合併する2つの会社間の政治的駆け引きに基づくプレッシャーと、合併によるシナジー効果を出さなければならないというプレッシャーの2つの異なる力がせめぎあうプロセスだと考えられるからです。対等合併の場合、少なくとも建前上は、両社が対等に統合するわけですから、リソースの分配も平等であるべきだという考えが生じます。よって、合併当初は、統合のプロセスにおいていかに両社が納得するか(フェアだと思うか)が重要であり、そのための駆け引き(交渉)が繰り広げられます。これは、限られたパイを分け合う「分配的交渉(distributive bargaining)」のプロセスです。


しかし、両社が平等にリソースを分け合うことのみを目的とした「分配的交渉」そのものは、なんら追加的な価値を生み出しません。つまり、両社がリソースの平等な配分にこだわった交渉をつづける限り、合併によるシナジー効果は生まれないことを意味します。合併の統合プロセスが進むにつれて、当然のことながら、合併によるシナジー効果を出さねばならないというプレッシャーは高まってきます。そうであるならば、両社とも新たな価値を生み出すことに注力すべきで、そのモチベーションを高めようと思うならば、貢献度に応じてリソースを配分するべきだという考えにシフトするはずです。つまり、分配的公正の平等ルールから衡平ルールへの変化が起こるということです。


合併後の統合プロセスにおいて、両社が、いかにシナジー効果を生み出すかに注目するようになると、両社の交渉も、単に限られたパイを分配するための「分配的交渉」から、両社が協力して分け合うパイをいかに増やしていくかに注力する「統合的交渉(integrative bargaining)」に変化していきます。両社が、いかにして合併後の価値(シナジー効果)を高めていくかにより注力するようになれば、リソースをいかに分け合うかという視点はだんだん弱くなってきます。よって、分配的公正の相対的な重要度も下がってくると考えられるわけです。


ただし、Moninらは、上記のような対等合併におけるフェアネスのダイナミックなプロセスが、オートマチックに起こるものではないことも指摘します。つまり、上記のようなフェアネス理解の変化は、合併後の統合をチェンジ・エージェントとしてリードしていく企業上層部や管理職と、その下で働く従業員との複雑かつ相互作用的な対話すなわちコミュニケーションの結果、生じてくるものであるだというということです。対等合併に関わる人々にとって「何がフェアなのか」「どんな種類のフェアネスを重視するのか」といったフェアネスの理解は、企業上層部から平社員に至るメンバー間の相互コミュニケーションによって「社会的に構築される」ものだというのです。

文献

Monin, P., Noorderhaven. N, Vaara, E, & Kroon, D. 2013. Giving sense to and making sense of justice in post-merger integration. Academy of Management Journal, forthcoming. doi: 10.5465/amj.2010.0727