人事システム・人事制度入門

新しい会社に入社するとき、とりわけ新社会人として企業に入社するときは、将来の自分の活躍を期待して前途洋洋とした気持ちでいるかもしれません。しかし、新井(2005)は、「入社時点であなたのキャリアパスは決められている」といいます。それは何故かというと、会社には、「人事システム」「人事制度」という、一定の仕様をもった「金型」のようなものが存在し、その金型によって、会社で働く人々が、長期にわたって運ばれていくような仕組みになっているからだといいます。システムは強大であるため、その運用の動きに抵抗することは困難です。したがって、自分にとってどのような人生設計やキャリア計画があろうとも、会社の人事システム、人事制度の設計思想を越えた動きをすることはできないということを示唆しているのです。


新井によれば、人事システム・人事制度は、会社にとって望ましい「標準的な人材」を、継続的に、一貫して輩出すべく世代を超えて運用されるものです。人事システムは、人事制度よりも幅の広い概念で、人事制度とその運用を主な要素としつつ、会社の組織風土や会社への忠誠心を高める施策なども含めたものとしています。このような人事システム・人事制度で、人材要件を満たす社員が継続的に輩出され、要件に満たない社員が脱落していくようになっています。人事システム・人事制度は、会社の人事方針(人材要件、処遇方針、雇用方針)によって設計されるため、人事方針のあり方によって、入社時点で社員がどのようなキャリアパスを歩む可能性があるのかが決定しているということなのです。では、会社の人事システム・人事制度とは具体的にどのようなものなのでしょうか。


人事制度は、概ね、職務体系、評価制度、報酬制度から構成されると新井は説明します。職務体系とは、会社にある仕事、仕事に紐付く能力や業績を体系化し、その全体像を明らかにしたものです。また、体系を構成する等級や職種を移動する際の基準を明らかにしたものです。評価制度とは、職務体系を構成する等級や職種ごとに評価項目および基準、評価プロセス、評価体制、評価期間を設けて、その結果を査定するものです。報酬制度とは、会社の業績、および評価制度の運用を通じて導き出された査定結果に基づき、あらかじめ定められた算定根拠を用いて給与や賞与、退職金、手当てなどを決定、支払うものです。


職務体系は、事業体や組織階層、職種などを基準として、ある仕事のまとまりを定義し、序列化します。いわば、ある仕事のまとまりと、仕事に紐付く能力や業績のマトリクスです。よって、このマトリクスを構成する横軸と縦軸のマス目の多さが、昇進・昇格のスピードや任される仕事の範囲、大きさを示しているので、社員のキャリアに大きな影響を与えます。会社で出世していくための「栄光への階段」の特徴は、会社の人事制度、とりわけ職務体系によって変わってくるということです。昇進・昇格、そして場合によっては降格など縦の動きのみならず、人事異動といった横の動きもあります。


評価制度については、新井は、日本の大企業は、社員を評価するためのモノサシが多すぎることを指摘しています。そのため、評価の曖昧性を排除できないだけでなく、あえて曖昧性を創りだしているのだといいます。それは何故かというと、日本の大企業は、巨大な組織を長期的に維持・強化することを人材にもとめているためです。日本の大企業の経営層になるためには、いくつかの事業部門、地域、職種を経験する必要があると考えていることから、職務体系上の自由自在な人事異動を可能にするために、自社で共有すべき価値観から、スペシャリストとしての能力、そしてゼネラリストとしての能力に到るまで、実にさまざまな能力を評価シートに盛り込んでしまうからだというのです。


報酬制度については、日本企業では、報酬の支払い根拠が、年功や年齢から成果に対する報酬支払いへ、また属人的な要素に対する手当等の支払いの廃止、報酬の精算方式としては、長期にわたる精算から短期で完了する精算へという動きがあることを新井は説明します。つまり、過去は、会社に対する貢献が経年的に積み上がるという年功概念や、経験による保有能力の向上という理屈を採用していたため、一般的なライフイベントに対応するかたちで給料は上がっていました。しかし、現在では、かつての貢献や成果は関係なく、当面になう役割(成果の期待値)に応じて給料を支払い、実績に応じて精算するというかたちになっているといいます。したがって、より大きな役割を担わない限り給料が上がらない仕組みになっています。


よって、充実した職業人生を歩むためには、まずは会社の人事システム・人事制度を熟知した上で、会社から提示されるキャリアに無自覚かつ無防備に受入れてしまうことをせず、社外にもキャリアイメージをもったうえで、社内を泳ぎ切り、生き残り、勝ち残るプランを立てなければならないと新井は説くのです。