イノベーションを生み出し続ける組織の「エコシステム」とは

イノベーションを起こし続ける組織をどうつくりあげ、どうマネジメントしていけばよいのか。これに関して、森川(2015)は、会社にとって一番大切なことは「ヒット商品をつくり続けること」であり、ビジネスの本質は「ユーザーが本当に求めているものを提供し続けること」だとして、これを実現するために必要なことだけをやり、不要なことはすべて捨てる。そのために、「シンプルに考える」ことを信条にしているといいます。戦略も極めてシンプルで「どこよりも速く、最高のクオリティのプロダクトを出す」というメッセージを繰り返し繰り返し社員に伝えてきたといいます。そして、森川の主張する持論の中で、イノベーションを生み出し続けるための組織を理解するためのシンプルなキーワードが、「エコシステム」です。


「エコシステム」の概念は、「経営は管理ではない」という森川の主張にリンクしています。つまり、森川の考える経営は、なんらかの「型」をつくり「仕組み化」するようなものではありません。むしろ「仕組み化」できない部分に競争力の源泉があるといいます。つまり、社員をシステマチックに管理しようとすればするほど、イノベーションから遠ざかってしまう。逆に、彼らが生き生きと仕事ができるエコシステムを生み出した時に、はじめてイノベーションの可能性が生まれるというわけです。ここで森川のいうエコシステムというのは、優秀な社員たちが自由に活動し、共感をベースに連携しあうシステムです。スポーツに例えれば、「野球型」よりも「サッカー型」です。サッカーでは、チームの流動性が高く、ポジションが状況次第でいくらでも変わる。監督がゲームをコントロールすることはできず、一瞬一瞬の判断がすべて選手に委ねられている。つまり、ゲームの行方を左右するのは、選手一人ひとりの技術と、チームとしてのコンビネーションだというわけです。


このようなエコシステムを作るためのポイントを最もシンプルに表現すれば、「ユーザーのニーズに応える情熱と能力のある社員だけを集め、彼らが、何ものにも縛られることなく、その能力を最大限に発揮できる環境を作り出す」ことに尽きる森川は主張します。まず、「会社は人がすべて」なので、採用が極めて大事です。どんな人が働いているかで企業文化が決まってくるし、企業の盛衰が決まってきます。よい人材を採用できなければ、そのような企業は衰退するのが現実だと森川は指摘します。そのため、大量採用はせず、採用の際は、その人の「価値観」や「生き方」に注意を払ったと森川はいいます。「いいものをつくりたい」という情熱が伝わってくる人、仕事に対するピュアな思いがある人に大きな魅力を感じるといいます。そして、結果を出し続ける「すごい人」を採用することができれば、その「すごい人」の存在が採用戦略に圧倒的な優位性をもたらしてくれるといいます。つまり、「すごい人」が「すごい人」を引き寄せるようになるわけです。そのためにも、採用戦略の根幹として、優秀な社員たちが能力を思う存分発揮できる環境を整えることだといいます。


このように、エコシステムをつくっていくうえで決定的に重要なのが、結果を出す人がやりやすい環境を大事にすることだと森川は説明します。彼らの組織のやり方を強要するのではなく、組織が彼らのやり方に合わせる。これが会社に決定的な競争力を与えてくれるというわけです。そして重要なのは、「いいものをつくりたい」という情熱と、技術を持つ野性的なフォワードたちに、仕事を任せることだといいます。彼らは放っておいてもトップスピードで走りだします。だから、権限移譲もするし、サッカー型のマネジメントになるし、彼らが全速力で走るのを邪魔するルールを取り払う。その結果、それらが有機的に絡み合って、組織全体のスピードも最大化する。ですから、ボトム(ダメな人たち)の底上げを通じて組織力の向上を目指すのではなく、フォワードにトップスピードで走らせるわけです。そうすることによって、他の人たちがそれに必死についていこうと努力するので、成長が促され、強い会社になっていくというわけです。このようなプロセスを通じて、最も優秀な社員が常に「新しい価値」を生み出すような企業文化を作っていくことも大切だと森川はいいます。


では、このようなエコシステムとしての組織を引っ張っていくリーダーシップはどのようなものなのでしょうか。森川は、リーダーは「夢を語る人」だといいます。「ユーザーはこんなものを求めている。だからそれを実現しよう」「ユーザーにこんな価値を届けよう」と語りかける。そこに、周囲の人たち共感を集めるだけの説得力と情熱、あるいは「自分ひとりでもやり遂げる」といった覚悟があるかどうかだといいます。そんな覚悟が、みんなの共感を集め、「夢」を実現するひとつのチームを生み出すこともあるのだといいます。そのようなチームを動かすエンジンとなるのが、「夢」に共感するメンバーの自発性なのだと森川はいうのです。そして、意思決定については、リーダーとして自分で決めることは最小限に絞り込み、あとは、「決める人」を決めて、すべての意思決定を一任するのだといいます。