ワーク・エンゲージメント革命は何故起こったのか

日本の人事の実業界では、戦後高度成長期の年功序列型人事から、バブル崩壊後の成果主義ブームを経て、近年の働き方改革プレミアムフライデー運動と歩調を同じくして、ワーク・エンゲージメント革命が進展しつつあるように見えます。ワーク・エンゲージメントは学術の世界でも10年ほど前から研究が盛んになってきており、日本の実務界も最近になってその流れに追いついてきた感があります。周知のことかもしれませんが、ここで一度、ワーク・エンゲージメント革命が起こった経緯について簡単に整理しておきましょう。


まず、日本が輝かしい経済的成功を収めた高度成長期についてです。第二次世界大戦の日本経済の復興期以降は、アメリカの生活水準に憧れ、アメリカ経済に追いつくために、高品質の製品を安く作るという明確な目標がありました。その目標を追求するために、日本企業では、年長者を敬う、和を以て貴しとなすといった儒教的思想に則った年功序列型人事によって、全社員が足並みをそろえ、一丸となって仕事に取り組むという体制が成立しました。やるべきことが明確で、経済全体が成長し上昇基調にある場合に重要なのは、それに畳みかけるように勢いを作ることです。日本人は働きバチだと揶揄されながらも、共同体的組織風土と年功序列を基調とし、社員の忠誠心を勝ち得た日本的雇用制度は大成功をもたらし、世界から羨望の眼差しをもって迎えられたことは疑いようがありません。


しかし、高度成長は終焉し、バブル崩壊後は一転して日本経済は停滞期に入ります。企業間競争の激化で企業の売り上げが伸び悩む中、高齢化もあいまって社員の平均年齢が上昇すると同時に人件費負担も増大し、年功序列賃金の弊害が目立つようになりました。企業が繁栄し続けるためには他社との差別化やイノベーションが求められ、社員が足並みをそろえて一丸となるだけでは業績も向上しなくなりました。その結果、黒船到来の如く日本企業に人事制度改革の波が押し寄せ、成果主義ブームが到来したのです。社員が成果を出すことに注意を集中させるため、個人の処遇を成果と連動させる仕組みがもてはやされるようになりました。また、企業全体として成果を出すための減量経営も余儀なくされ、正社員を柔軟かつ安価な非正規雇用に置き換える動きも加速しました。


成果主義ブームの時代では、経済全体が停滞するなかで縮小するパイを奪い合うような状態となり、短期間で成果を出すといった近視眼的行動に陥ったり、日本企業の強みであったチームワーク風土が阻害されたり、短期的に成果を出すものの社員が疲弊し人事部門が社員のメンタル面での問題への対応に追われるといったことも目立つようになりました。結局のところ、成果主義ブームによって人件費の変動費化やコスト削減が進み、それでなんとか利益を確保することができた企業もあったのですが、成果に注意を集中させ、社員に圧力をかけるだけでは、企業の長期的繁栄に必要なイノベーションなどを生み出すことができなかったのだと考えられます。


そして近年、ワークライフバランスダイバーシティ働き方改革プレミアムフライデーなどのムーブメントを通して、当たり前のようですが「社員一人ひとりが活き活きと働くことが一番大切なのだ」ということに企業が気づき始めました。これが、ワーク・エンゲージメント革命の引き金を引くことになりました。年功序列型に基づく全社一丸となった集団主義は、変化の激しい時代に求められる柔軟な対応にそぐわず、創造性やイノベーションも起こせません。また、成果主義を通じて短期的に成果を上げられても、それが社員の心身の健康やイノベーションを通じた長期的繁栄を犠牲にすることで成り立っているにすぎないのだとすれば、優れた経営だとは言えないでしょう。


それに対して、社員のワーク・エンゲージメントが高まること、すなわち、社員が元気になれるために十分な物理的、社会的、心理的リソースを会社が供給し、同時に、社員の心身を消耗させるようなストレス要因を取り除くことで、社員が活力に満ち溢れ、情熱を燃やし、仕事に夢中になれる状態を作り出すことは、モチベーションやコミットメントを向上させ、かつ主体性や創造性を高めることで、不確実な環境下において企業のイノベーションや業績向上を実現させることにつながるだけでなく、健康経営という言葉を敢えて用いずとも、社員の心身上の健康も向上するという一石二鳥の効果があるわけです。


しかし、社員のワーク・エンゲージメントが高まれば無条件で企業業績が向上し、問題が何もかも解決すると考えるのは虫の良い話でしかありません。ここで思考停止に陥って盲目的に企業事例を追い求めたりキーワードを連呼しているだけでは、いつものようなブームの繰り返しに終わってしまうでしょう。企業のパフォーマンス・マネジメントの仕組みに如何にワーク・エンゲージメントの要素を組み込んでいくか、別の言い方をすれば、ワーク・エンゲージメントを中核に据えた組織全体のマネジメント体制をどう構築していくかについて、ビジネスの特徴や自社固有の状況を踏まえつつ実務的な工夫が必要となるでしょうし、それを実現してこそ、真の革命が実現するのだといえましょう。


そのためにも、ワーク・エンゲージメントがどのようなメカニズムによって高まる(弱まる)のか、ワーク・エンゲージメントがどのようなプロセスを通して企業業績につながるのかについて、学術的な研究を展望し、理論的かつ論理的に深く理解することが大切です。ワーク・エンゲージメントは比較的新しい研究テーマであるとはいえ、20年以上の学術的研究の蓄積がありますので、それらを詳しく勉強することに損はないでしょう。