組織アイデンティティと組織内実践は相互に織り込まれ、組織変革を阻害する

組織アイデンティティとは、ひとことで言えば「私たちの組織はいったい何者なのか」ということです。このことから、これまでの組織アイデンティティの研究は、組織を構成するメンバーの認知的な働きに焦点を当ててきました。例えば、どのようにして組織アイデンティティが形成されるのか、どのようにして組織アイデンティティが変化するのかといったことについては、組織を構成するメンバーがどのように彼らの知覚や認識を変化させるのかというアプローチによって理解しようとする研究が支配的だったのだといえます。しかし、Nag, Corley & Gioia (2007)は、それだけでは組織アイデンティティを理解する上では不十分であるとし、組織アイデンティティが、組織で行われている知識プラクティス(知識をどう用いるかという組織内の実践活動)との不可分の関係にあることを、ある組織変革の事例から導き出しています。Nagらのポイントは、組織アイデンティティを「私たちは何者か」のみで理解するのではなく「私たちは何をしているのか」としても理解するべきだということです。


Nagらが主張する、「組織アイデンティティは、組織内でおこなれている活動(彼らの研究では知識プラクティス)と不可分、もしくはお互いに交差したとか織り込まれたにの関係にある」ということは、平時の組織では気づきにくいことでしょう。しかし、彼らの調査対象のように、組織がなんらかのかたちで変革を志し、組織アイデンティティを変えようとするときに、それに対する抵抗が生じるメカニズムとして姿を現すと思われます。実際、Nagらが調査対象としたTek-Mar(仮名)という組織は、もともとは企業のR&D部門(研究所)が、技術ベンチャー企業として独立してできた組織でした。この組織が、当時の環境変化に応じて、「市場志向(顧客志向)」の企業に生まれ変わるための組織変革場面が研究され、実際の変革は失敗に終わったとされます。この一連のプロセスに関する丹念な調査から、本テーマである「組織アイデンティティと知識プラスティスの不可分の関係」が明らかになったのです。


Tek-Marは企業のR&D部門から出発した技術志向企業であるため、組織内の知識プラクティスが重要な役割を担います。企業が、いわゆる技術志向、あるいはプロダクト・アウト的な組織から、市場志向、あるいはマーケット・イン的な組織に変わるためには、「私たちは技術志向の組織なのだ」という組織アイデンティティを、「私たちは市場志向の組織なのだ」という組織アイデンティティに変える必要があります。同時に、組織内の知識プラクティス自身も、技術から商品開発を導く技術偏向的なものから、市場での顧客ニーズから商品開発を導く顧客視点的なものに変えていく必要がありました。つまり、Tek-Marは、組織アイデンティティの変革と、組織内知識プラクティスの変革(Nagらは、これを、ナレッジ・グラフティングと呼んでいます)の両方を行ったのです。結果的には、この試みは失敗であったと報告されているのですが、ここから浮き彫りになった組織の変化抵抗のメカニズムが以下のようなものです。


まず、技術志向企業から市場志向企業に生まれ変わるために行った、組織内知識プラクティスの変革の試みがどうなったか。この試みによって、組織内の権力構造が揺さぶられ、組織内の権力構造に脅威や危機感をもたらしました。つまり、技術志向の組織において、誰が偉いのかといった上下関係や、誰が知識プラクティスをコントロールするのかといった権限関係が揺さぶられるようになったのです。それが、技術志向の組織アイデンティティを喚起させることにつながりました。そうなると、「私たちは仕事のやり方を市場志向に変えようとしているが、私たちはもともと技術志向の企業としてここまでやってきたのだから、その流れや組織内秩序を無視するわけにはいかない」という発想につながり、それがゆえに、いままで実践してきた知識プラクティスのやり方を大きく変えることに対して抵抗が起こることになったのです。つまり、市場志向の組織構造に変えようとしても、技術志向の組織アイデンティティから来る権力構造が揺さぶられることに伴う恐怖感が組織内で高まるので、うまく行かないということになるのです。


次に、技術志向としての組織アイデンティティを、市場志向としての組織アイデンティティに変革しようとした試みはどうなったか。こちらについても、組織アイデンティティが揺さぶられることによって、自分たちが実際にどのように仕事を(知識プラクティスを実践しているのか)に意識が向くことにつながります。そうなると、「これが私たちのやり方なのだ」と、これまでのやり方を踏襲しようとします。例えば、「我々は市場志向への組織になろうとしているが、もともと技術が重要な企業としてここまで来たのだから、業務において技術を重視しないわけにはいかない」となります。そうなると、組織内知識プラクティスは変化せず、そのため、組織内の権限関係や権力構造も変化しません。このような組織内の構造的頑健性は、組織アイデンティティ変革に対する抵抗要因として働くことになります。つまり、市場志向の組織アイデンティティを形成しようとしても、技術志向の組織構造が変わらないので、うまくいかないということになるのです。


以上をまとめると、NagらがTek-Marの研究から導いたモデルは、組織において「私たちは何をしているのか」に直接働きかけることで変革をしようとする試みは、組織内の権力構造が揺さぶられることへの恐怖感から「私たちはもともと何者だったのか」という組織アイデンティティを維持しながら仕事のやり方を変えようとする意識につながり、そのアイデンティティと異なる仕事のやり方への変化に対する抵抗要因となること、そして、組織において「私たちは何者なのか」に直接働きかけることで変革をしようとする試みは、彼らが日々行っている仕事のやり方、すなわち「私たちは何をしているのか」を維持しながらアイデンティティを変えようとする傾向に陥り、結果的に従来の仕事のやり方や組織構造が変わらないことが組織アイデンティティの変革に対する抵抗要因となることを説明しています。組織アイデンティティと組織内プラクティスの両方を同時に変えようとする試みも、上記の両方のサイクルを活性化させることにつながり、それが変革への抵抗要因となるのです。実際は、この両方のサイクルからなんらかの折り合いがつくことで、組織変革の試みに対する結果が導かれる(成功もしくは失敗)ということになるのでしょう。


組織アイデンティティを変革すること、あるいはもっと広く、組織変革を推進することは、企業が倒産して再生するといった極端なケースでないかぎり、まったくの不連続な変化を想定することはできません。なんらかの連続性を維持しながら、組織を変えていく必要があります。しかし、今回見てきたように、「私たちは何者であるのか」と、「私たちは何をしているのか」が、相互に織り込まれ、組織内に埋め込まれているために、どちらか一方を変えようとしても、もう一方が変化抵抗となるのでうまくいかないし、両方を同時に変えようとしても、片方がもう一方に対する変化要因となるサイクルが2つ同時に活性化することになります。組織アイデンティティの変革、あるい組織変革一般がいかに難しいかを示す発見であるとも言えましょう。

参考文献

Nag, R., Corley, K. G., & Gioia, D. A. (2007). The intersection of organizational identity, knowledge, and practice: Attempting strategic change via knowledge grafting. Academy of Management Journal, 50(4), 821-847.