「パーパス経営」を成功させるトップのビジョン形成力とは

近年、企業の存在意義といった目的(パーパス)を基軸とする「パーパス経営」への注目が高まっています。これはまさに、なぜ企業が存在するのかや企業経営の本質とは何かを言い当てるような思想であり、至極まっとうな考え方であるといえましょう。しかしながら、いくら崇高で優れたパーパスを持った企業であったとしても、それが企業の従業員全員に行きわたり、十分に共有されていなければ、結局は企業業績に結び付くことは難しいといえます。なぜならば、企業の従業員が一丸となって、企業が有する究極のパーパスを実現するために力を結集することができて初めて企業はその目的に向かって前進する(持続的に企業業績をあげつづける)ことができるからです。

 

では、究極の企業目的に向かって企業のかじ取りを行う経営トップとしては、どうすればパーパスを従業員に行きわたらせ、共有させ、企業業績につながるような集団行動を生み出すことができるのでしょうか。そこでカギになってくるのが、経営トップのビジョン形成力だということを、Carton, Murphy, & Clark (2014) は示唆します。そして、Cartonらは、具体的にどのようなビジョンが、そしてどれに加えどのようなバリューがもっとも企業パーパスの共有と企業業績につながるのかを明らかにしました。それと同時に、多くの経営トップが不適切なビジョン形成をしてしまっていることを指摘したのです。では彼らは何を発見したのでしょうか。

 

Cartonらが発見したのは、優れた企業業績を実現してパーパス経営を成功させるには、経営トップは、将来ありたい姿、あるべき姿などに関する、具体的で生き生きとその状況が目に浮かぶような、視覚的イメージがしやすいビジョンを掲げる必要があるということ、そして、それに加えて、ごく少数のバリュー(価値観)を強調するということです。つまり、パーパス経営を成功させるためのビジョンとバリューのベストな組み合わせは「視覚的にイメージしやすいビジョンの提示とごく少数のバリューの強調」だということを明らかにしたのです。イメージしやすいビジョンとは、例えば「すべての机と、すべての家庭にコンピュータを(1980年当時のマイクロソフト)」「ポケットに1000曲(iPodを開発したアップル)」といったものです。

 

しかし実際は、多くの経営トップが、具体的ではなく抽象的なビジョンを掲げがちであり(例:環境にやさしいまちづくり)、また数多くのバリューを強調することがあることをCartonらは指摘します。つまり、「抽象的なビジョンの提示と数多くのバリューの強調)は、パーパス経営にとっては最もダメな組み合わせなのです。では何故、「視覚的にイメージしやすいビジョンの提示とごく少数のバリューの強調」がベストなのか。それは、そもそもパーパスを全社員と共有するとはどういうことなのか、そして、そこにはどのような認知メカニズムが介在しているのかを理解すればすぐにわかることなのです。

 

まず、企業の究極の目標であるパーパスを共有するには、将来の姿について「皆が同じものを見る」必要があることは当然でしょう。皆が見ている将来の姿がバラバラであっては、そもそもパーパスを共有するための出発点にも立てません。ここに、抽象的なビジョンの大きな問題点が存在します。認知心理学的にいうならば、抽象的な言葉というのは、人間の抽象的な思考は刺激しますが、視覚的な感覚や認識機構を刺激しません。つまり、ビジョンなのに全然視覚的でないので、ぼやけて見えないということになります。見えないビジョンは共有できません。ここから、パーパスを共有するために必須なのは、皆が同じ将来を見ることができるための具体的でイメージしやすいビジョンを提示することの重要性が理解できると思います。

 

次に、皆が同じ将来を見ることができたとしても、これで十分ではありません。それを見た(見せられた)人々は、それが一体何を意味しているのかを「解釈」する必要があります。皆が見ている同じ光景を、今度は皆が同じように解釈することで、企業が目指す究極的な目的としてのパーパスが共有できるのです。それを手助けするのがバリューです。バリュー(価値観)は、何が良くて何が悪いのかといった判断基準を用いて具体的な事象が意味することを解釈することを促します。よって、価値観は少数であるほうが、皆が見ている景色を同じように解釈することにつながるのでパーパスの共有を促進するのです。経営トップが数多くのバリューを強調してしまうと、従業員からすると、見ている光景をいろんな意味に解釈する余地が与えられます。そうすると、共通したパーパスの理解にはつながらないわけです。

 

これまでの話は、系統立てた説明を聞けば、パーパス経営にとって重要なのは「視覚的にイメージしやすいビジョンの提示とごく少数のバリューの強調」だというのは、奇抜なアイデアでもなく、筋の通った、ごく当たり前のことだということが分かるでしょう。しかし驚くことに、経営学の分野では、これが正しいのかどうかを実証的に検証した研究がなかったのだとCartonらは指摘したのです。それが原因かどうかは分かりませんが、世の中には、このシンプルな原則に反するようなビジョンとバリューの組み合わせが多いことも指摘したのです。そこでCartonらは、151の病院のデータを用いた実証調査と62のグループを用いた実験という2つの研究を通じて、このシンプルな原則が妥当であることを実証してみせました。

 

具体的には、リーダーがビジョン形成においてイメージしやすい言葉を多用するのと同時に数少ないバリューを強調する場合に、メンバーのパーパスの共有と、それを実現するための協力体制が最も強化され、その結果、業績も向上したことが示されたのです。これにより、パーパス経営を成功に導くための実践的かつ科学的エビデンスに基づくアドバイスが可能となったのです。

 

参考文献

Carton, A. M., Murphy, C., & Clark, J. R. (2014). A (blurry) vision of the future: How leader rhetoric about ultimate goals influences performance. Academy of Management Journal, 57(6), 1544-1570.