「長期安定雇用」「解雇規制」「企業が持つ広範で強大な人事権」はワンセットで理解する

日本の会社の正社員の特徴は、「辞令1本でどこにでも行く」というところにあります。職務記述書で定義された特定の仕事を遂行するために雇われている場合と異なり、会社の命令であれば、配置転換も、職種変更も、転勤も、やむをえない理由がない限り、拒むことなく引き受けることが求められます。また、そのような働き方を会社から求められているのが正社員だといえます。


つまり、日本の会社においては、社員に対する人事権が広範かつ強大で、従業員は配置転換、転職などの辞令を拒めない立場だと考えられます。人事権が強大であるがゆえ、全社的視点から人事異動を司るなどの役割を担う人事部の権力も自然と大きくなってきたといえましょう。そして、これは他国の会社の特徴とはかなり異なるものです。日本とは雇用慣行が異なる外国の人々から見たらとても奇異に移るに違いありません。「辞令1つで逆らいもせずどこにでも行くなんて、なんてお人よしな国民なんだろう」と思ってしまうかもしれません。しかし、これは日本の文化とか日本人の性格によるものだとかは必ずしもいえません。では、なぜ日本の会社はそのような特徴を持っているのでしょうか。


大内(2014)によれば、日本における解雇規制の厳しさを考えることで、上記に対する答えが導き出されると考えられます。周知の通り、日本においては会社は一度雇用した正社員は、容易に解雇することができません。例えば大内は、(1)人員削減の必要性、(2)解雇回避の努力、(3)被解雇者選定の相当性、(4)解雇手段の相当性という、整理解雇の4箇条を紹介しています。この4箇条が満たされなければ、企業は正社員を解雇することができないということです。とりわけ、(2)解雇回避の努力、が、日本的な雇用慣行と深く関連しています。


つまり、日本の企業は、規制で定められる雇用者の義務として「解雇回避の努力」を最大限に行わなければならないわけです。ですから、たとえ会社の業績が悪化したとしても、できるだけ正社員の雇用を死守するかたちで経営を進めていかねばなりません。だとすると、日本の企業がどのような人事管理をしなければならないのかがおのずと見えてきます。それを一言でいえば、「労働者のために人事権を広範囲に行使し、雇用の維持を図る」ような人事管理です。つまり、日本の企業が有する広範かつ強大な人事権は、労働者を守るためにあるという論理です。正社員の立場から見れば、「正社員は会社からの強大な人事権に服さなければならないが、それは雇用を守るための手段だから、その見返りとして長期雇用が保障されている」ということになります。


例えば、企業の特定の事業が不振に陥ったとしましょう。この場合、当該事業に従事している正社員を解雇するのではなく、雇用を死守するという目的から、その正社員を他部門に配置転換させて活用していく必要があります。そのときに、たとえ他事業、他職種、他地域であっても素直にそれを受入れて異動してもらい、異動先でそれなりに機能してもらえないと、たちまちにして会社の経営は行き詰ってしまうことでしょう。また、緊急の配置転換であっても正社員がある程度異動先の仕事がこなせるように、あらかじめ柔軟なスキルを身につけさせておく必要があります。いわゆるゼネラリストであれば、その部署にいってもある程度仕事がこなせるので、企業としても経営を維持することができるのです。


正社員の雇用の死守が他の事項よりも大きく優先される日本企業の経営にとって、企業が正社員に対してさまざまな仕事を経験させてゼネラリストとして育成するのは、雇用を守るための安全弁としての役割を担っているということもできるでしょう。そうするからこそ、企業にとっても、本人にとっても、有事の際に置かれた状況に対して柔軟に対応できる能力が身につくということになるのです。そのため、あえて入職時点では職種を固定することなく、総合職、技術職といった職種を限定しない形で採用し、労働時間や勤務地なども限定せずに企業による広範な人事権の行使にしたがってもらうような人事管理が発展したのだといえましょう。


すなわち、日本の政府の方針、法規制の縛りなどによって、正社員の雇用の安定を最優先とするような方針を維持することで経営管理の方法が進化していった結果、いわゆる日本的雇用慣行、日本的人事管理といった、日本独特の仕組みが出来上がったのだといえましょう。