様々なステークホルダーと話ができる人事部を目指そう

企業の人事部の役割、そして人事部員に求められる能力とは何でしょうか。Ulrichら(2009)は、その1つの答えとして、企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)に対して胸を張って対応できることの重要性を示唆します。企業の人事部門は、企業の人材マネジメントを司る部署でもあります。そして、企業が発展していくためには、様々なステークホルダーを考慮し、期待を裏切らない経営が求められます。人事部門は、人材マネジメントの視点で、企業の様々なステークホルダーにとってたくましい存在であるよう、説得力のある対応をしなければなりません。そして当然、その根拠となる人材マネジメントを実践しなければならないということです。つまり、自信をもってステークホルダーに話ができるような人材マネジメントを実践するための能力が、人事部および人事部員に求められるということです。


では、Ulrichらの考え方を順を追って説明しましょう。彼らが言うところのステークホルダーとは、従業員、ラインマネジャー、顧客、投資家、競合他社、サプライヤー、政府、地域社会のことを指します。その中でもっとも分かりやすいのは、従業員およびラインマネジャーでしょう。企業で働く従業員が、安心して自分の実力を磨き、そして発揮できるような環境を整えること、そしてラインマネジャーが企業の戦略を実行し、結果を出すために人材マネジメント面からサポートすること、これらは人事部門の役割としてはもっとも最初に思い浮かぶものでしょう。しかしそれだけではいけません。ステークホルダーは企業内部のみではなく、企業外部にも存在します。人事部は、企業内のみならず、企業外に対しても気を配らねばなりません。


まずは、対顧客です。企業が顧客を満足させる必要があるのと同様に、人事部もまた、人材マネジメントの施策を通じて顧客を満足させなければなりません。つまり、顧客を満足させるために人事部は人材マネジメント面でどんな後方支援ができるのかを考え、実行することが求められるということです。次に、対投資家です。投資家が最も気にするのは、企業が長期的にキャッシュを生み出すことができるのかということで、それはすなわち企業の財務価値ということになります。そして、企業の財務内容において、いわゆる無形資産の多くを占めるのが人材なのです。つまり、人事部は、企業が人材にしっかりと投資をし、将来の利益につながる人材の含み資産を蓄積させていることを投資家に分かってもらうことによって、投資家を安心させることが重要なのです。投資家が企業の将来に楽観的になれば、企業の財務活動も楽になるからです。


人事部にとって、競合他社は、自社の人材マネジメントが他社と比較して劣っていないか、他社と比べて競争優位につながる差別化を作り出せているかを判断するうえで注視しなければならない存在です。また、現在の競合他社、将来の競合他社のことを知るということは、自社の属する業界がこれからどうなっていくのか、その中で自社がどう戦っていくのかを構想するうえでも重要となってきます。また、サプライヤーも自社の競争優位性を左右する存在です。企業単体というよりも、サプライチェーンを通じた価値連鎖全体を見ていかないといけないわけです。そういう意味でも、人事部は、人材マネジメントの視点からサプライヤーを含めた価値連鎖全体に気を配っていく必要があるでしょう。


政府や官公庁は、法律や規制を通じて企業の人材マネジメントを管理しています。この法律や規制が変われば、企業の人材マネジメントにも大きな影響が出ますので、人事部としては政府の動きにも敏感でなければならないでしょう。また、政府や官公庁から見て、自社が、コンプライアンスを徹底した人材マネジメントを実施している企業であると認識してもらうことも重要です。そのための根拠となる人材マネジメントを、人事部が主体になって行わなければならないということです。


そしてUlrichらの分類で最後のステークホルダーが、地域社会です。企業は、地域社会にとって善良な地域市民でなければなりません。例えば、雇用を通じて地域社会の発展に寄与するとか、人々が健康で安心して働ける場を提供しているとか、ブラック企業ではないとか、適切な人材マネジメントを通じて、地域社会から認められ、評価される存在であることが重要だということです。これは企業の社会的責任(CSR)にもつながる考えであり、長期的に見ても企業の繁栄にとって忘れてはならない視点だといえましょう。人事部は、地域社会に対して堂々と胸を張って自社の価値をアピールできるような人材マネジメントの実践をリードしていくことが期待されるというわけです。