「やらされ感」の正体は心理的オーナーシップの欠如

仕事の場面でしばしば耳にする不思議な言葉に「やらされ感」というのがあります。いわゆるモチベーションが沸かない状態であろうことは推測できますね。「やらされ感」と聞くと、その正確な意味はさておき、なんとなく感覚がわかる気がしますし、多くの人が経験したことがある(あるいは現在経験中の人もいる)のではないでしょうか。


この「やらされ感」の正体は、学術的にいうと、心理的オーナーシップ(所有意識, psychological ownership)の欠如だと考えられます。仕事における心理的オーナーシップとは何かというと、一言でいえば、それが「私の仕事だ」と感じられるかどうかということです。つまり、やらされ感すなわち心理的オーナーシップ(所有意識)の欠如というのは、何らかの理由でやらなければならない仕事なのにも関わらず、それを自分の仕事として感じられていない状態だと考えられるわけです。その背後には「なぜ自分がそれをやらなければならないのか=やらされているから仕方なくやる、当事者意識もない」という思いがあるということなのでしょう。


Pierce, Kostova, & Dicks (2001, 2003)によれば、心理的オーナーシップとは、対象を自分のものと感じられる心の状態を示しており、対象は、具体的で物理的なものから、抽象的で概念的なものまでが含まれます。例えば、「これは私の机だ」「ここは私の仕事場だ」というのは具体的で物理的であって、実際に(法的に)所有しているという場合も含まれますし、「これは私のプロジェクトだ」「これは私のアイデアだ」というのはより概念的で非物理的な対象であって、法的に何かを所有しているわけではない場合も含まれます。自分の仕事や職場に心理的オーナーシップを持つならば、情熱を持って働くことが可能となり、業績の向上やコミットメントの高まり、職務満足度の向上など多くの望ましい効果が得られることがわかっています。


ではなぜ、私達が仕事に情熱を向けるために心理的オーナーシップが必要なのでしょうか。それは、人間はそもそも所有欲というものが本能として備わっているからオーナーシップを持ちたいと考えるのだという見方もありますし、オーナーシップへの欲求は社会性の中で身についたものであるという見方もあります。どちらが正しいかはさておき、Pierceらは、心理的オーナーシップは、人間がもつ3つの基本的動機、すなわち自己決定や有能感への動機、自己アイデンティティへの動機、そして自分の棲家のような場所がほしいという動機に基づいていると論じます。社会的な肩書、好きなもの、自分の縄張りなどを所有する(手に入れる)ことで、上記に挙げたような人間の基本的な動機が満たされるというわけです。


では、どのようなプロセスが、仕事や組織に対する心理的オーナーシップを高めるのでしょうか。Pierceらは、3つのルート(通路)を提示しています。1つ目は、対象に対するコントロールです。自分がその仕事やプロジェクト、組織などをコントロールすることができるという感覚が高まれば、それらに対する所有感覚が生まれてきます。2つ目は、対象に関する密接な知識です。対象に対する知識が増え、対象を知れば知るほど自分と対象とのつながりが強まり、対象は自分の一部すなわち自分の所有物のような感覚が生まれてきます。3つ目は、対象に対する自己投資です。仕事や組織に対して多くお時間と労力を投資するならば、自分自身からその対象に対してエネルギーが投入されることとなり、それが所有感覚を高めることにつながります。


Pierceらの研究では、複雑性の高い仕事であるほど心理的オーナーシップが高まること、あるいは、ハックマンとオールダムの職務特性理論で扱われている5つの職務次元(スキル多様性、タスク同一性、タスキの有意義性、フィードバック、自律性)が高いほど、それらはコントロール感覚、親密な知識、そして自己投資を通じて心理的オーナーシップを高めるという理論も展開しています。心理的オーナーシップの研究はこれからもたくさん行われるでしょうが、心理的オーナーシップが高まるメカニズムをよく理解して経営で実践することにより、従業員の「やらされ感」が減らすことが可能になるでしょう。

参考文献

Pierce, J. L., Jussila, I., & Cummings, A. (2009). Psychological ownership within the job design context: Revision of the job characteristics model. Journal of Organizational Behavior, 30(4), 477-496.

Pierce, J. L., Kostova, T., & Dirks, K. T. (2001). Toward a theory of psychological ownership in organizations. Academy of management review, 26(2), 298-310.

Pierce, J. L., Kostova, T., & Dirks, K. T. (2003). The state of psychological ownership: Integrating and extending a century of research. Review of general psychology, 7(1), 84.

TEDで学ぶ組織行動論(5) ショーン・エイカー 「幸福と成功の意外な関係」(日本語字幕付き)

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(5)として、ショーン・エイカー 「幸福と成功の意外な関係」を紹介します。日本語字幕つきのプレゼンテーション動画は、動画上のリンクをクリックしてください。


このプレゼンテーションは、エイカーの著書「幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論」に関連するもので、個人のキャリアや職場の生産性にも影響するポジティブ心理学に関連する内容です。


人々は「幸福になるために一生懸命努力して成功したい」と思うかもしれません。しかし、エイカーはそうではなく、逆だといいます。「成功するから幸福になる」のではなく「幸福だから成功する」のです。幸福は環境が作りだすものではなく、脳が作り出すものだと言います。つまり現状をどう捉えるかといった考え方の問題だというのです。エイカーによれば、「幸福な人≒ポジティブ思考ができる人、現状を楽しむことができる人」のほうが、脳も活性化し、生産性が高まり、ゆえに成功する度合いが高いのです。これは、仕事をしていく個人、あるいは人々をマネジメントする管理者や企業にとっても重要なメッセージです。


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TEDで学ぶ組織行動論(4) アンソニー・ロビンズ 「何が人を動かすのか」(日本語字幕付き)

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今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(4)として、アンソニー・ロビンズ 「何が人を動かすのか」を紹介します。日本語字幕つきのプレゼンテーション動画は、動画上のリンクをクリックしてください。


ロビンズは、人が物事を諦めてしまったり行動を起こさない理由として、お金がない、時間がない、資産がないといった物理的なリソースの不足を挙げがちですが、人を動かすのはそのような物理的なリソースではなく、ニーズ、信念、感情と、それらを支える心理的リソースであることを指摘します。


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TEDで学ぶ組織行動論(2) ダン・アリエリー 「仕事のやりがいとは何か?」(日本語字幕付き)

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今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(2)として、ダン・アリエリー の「仕事のやりがいとは何か?」を紹介します。日本語字幕つきのプレゼンテーション動画は、動画上のリンクをクリックしてください。


このプレゼンテーションは、アリエリーの著書「不合理だからすべてがうまくいく―行動経済学で「人を動かす」」に関連するもので、モチベーションに深く関連する内容です。アリエリーは、レゴを使った非常に巧みな実験を紹介しながら、人々が自分の仕事にやりがいを見出せない場合にいかにモチベーションが阻害されるかについて解説します。モチベーションを左右するのはお金のような報酬の問題ではないことが実感できます。


次に、アリエリーは「IKEA効果」というものを紹介し、大変な苦労をし、辛い思いをしても、それによって何かを成し遂げたときに得られる達成感は、仕事のやりがいに大きく影響することを示します。


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TEDで学ぶ組織行動論(1) ダニエル・ピンク 「やる気に関する驚きの科学」(日本語字幕付き)

TED Conferenceとは、TED(Technology Entertainment Design)が主催している講演会で、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物がプレゼンテーションを行なう場です。講演会の内容はインターネット上で無料で動画配信されており、多くの著名な人物もここでプレゼンテーションを行っています。


今回は、TEDのプレゼンテーションに学ぶ組織行動論(1)として、ダニエル・ピンク の「やる気に関する驚きの科学」を紹介します。プレゼンテーション動画は日本語字幕つきです。


このプレゼンテーションは、ピンクの著書「モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか」に関連するものです。例えば、現代のビジネスでも最も必要とされているクリエイティビティを高めるためにはどうすればよいか。伝統的な考え方ですと、クリエイティビティの発揮度合いに応じた成功報酬を用意して、やる気を高めるということになるでしょう。これは、外的報酬でやる気を高めようとする「モチベーション2.0」の発想です。しかし、科学的な事実によれば、こういった成功報酬が逆にクリエイティビティを阻害してしまうことをピンクは指摘します。


では、どのような方法がよいのでしょうか。ピンクは、これからの時代、とりわけクリエイティビティやイノベーションがビジネスの成否を大きく左右するような時代においては、「自律性(autonomy)」「成長(mastery)」「目的(purpose)」を主軸とするマネジメントを行い、メンバーの内発的な動機付けを高める必要があることを指摘します。これが「モチベーション3.0」の3要素です。


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朝一番の気分はその後の仕事ぶりにどう影響するか

組織行動論において近年急速に研究が進んでいるのが、感情や気分(ムード)が果たす役割です。仕事での成果を高める要因として、従来は個人の能力や性格および仕事環境の影響を重視してきましたが、日々の行動に直接的に影響するのが、「そのときの気分(機嫌)」なのです。そのときに上機嫌なのか不機嫌なのかが、例えば顧客や部下に接する態度だとか、仕事の丁寧さなどに直接影響するというわけです。また、とりわけサービス業に重視している場合、顧客が上機嫌なのか不機嫌なのかがもろに自分の気分に影響を与えることが多々あります。不機嫌な顧客に対応したことによる影響がその後のサービスの質に尾を引くことになると問題です。


このような気分の重要性に関連して、Rothbard & Wilk (2011)は、出勤時の気分の役割に注目しました。気分は毎日変化しますし、日中も変化します。朝一番の気分が重要な理由は、たとえ前日なんらかの気分であっても、仕事を終えてから次の日の出勤時までに、家庭でいろんなことが起こったり、睡眠を十分にとったかどうかで、気分が大きく変わりうるからです。前日気分が悪くても十分睡眠をとって次の日はすっきり爽快な気分で出社することもあるでしょうし、逆に、家でごたごたが起って最悪の気分で出社ということもあるでしょう。


Rothbard & Wilkは、コールセンターの従業員を対象に、1週間のあいだ毎日、出勤時の気分を質問し、さらに接した顧客の機嫌がどうだったか、その後どのような気分になったかを質問する調査(Experience sampling survey)を行いました。さらに、コールセンター業務において記録された顧客対応に基づく生産性についても分析をしました。その結果、以下のことがわかりました。


まず、出勤時の気分は毎日変化すること、そして、出勤時の気分が間接的にコールセンター業務における生産性に間接的な影響を与えることがわかりました。具体的には、出勤時に気分が良いか悪いかが、電話応対時に顧客がどのような気分状態にあるのかを推測するさいに影響を与えることが確認されました。つまり、出勤時の気分が良ければ、顧客も良い気分で電話をかけてくれていると思う度合いが高まり、逆に、出勤時の気分が悪ければ、電話をかけてきた顧客が不機嫌であると認識する度合いが高まるということです。


次に、対応した顧客の気分の知覚が、その後の従業員本人の気分に影響を与えることもわかりました。つまり、顧客が不機嫌であると感じた従業員はその後の気分がネガティブになりがちで、顧客が上機嫌であると感じた従業員はその後の気分もポジティブになりがちであるということです。さらに、そういった気分が、顧客対応における生産性にも影響を与えることがわかりました。ポジティブな気分になれれば生産性が高まり、ネガティブな気分になると生産性が低下するということです。これらをまとめると、出勤時の気分が、対応顧客がどのような機嫌であるかの推測に影響し、さらに対応顧客の機嫌の推測がその後の本人の気分に影響し、それが職務上のパフォーマンスに影響するということが分かったわけです。


このことから、出勤時にいかにポジティブな気分で仕事をスタートできるかが、本人や職場の生産性の向上にとって重要であることが分かります。たしかに出勤時の気分は、前日夜や出勤前の家庭生活などの影響を大きく受けるかもしれませんが、ややネガティブなムードの従業員に対する上司の接し方が、そのネガティブな気分に追い打ちをかけるようなようであると、生産性に大きく響くでしょう。逆に、朝一番の上司の接し方が、従業員のムードをポジティブに変換させることも十分可能でしょうし、従業員一人一人がいかに毎日の出勤時にポジティブな気分で仕事を始めることができるか工夫することも大切だと考えられます。また、職場全体でみんなが明るく爽快な気分で仕事をスタートできるような雰囲気作りや仕掛けづくりをしていくことも重要だと思われます。つまり、朝一番の「感情マネジメント」が重要だということです。

文献

Rothbard, N. P., & Wilk, S. L. (2011). Waking up on the right or wrong side of the bed: Start-of-workday mood, work events, employee affect and performance. Academy of Management Journal, 54, 5, 959-980.

マズローの欲求階層説が逆ピラミッドになるケース

マズローの欲求階層説といえば、モチベーションの分野の中では一般的に最も知られている欲求モデルだといえましょう。マズローのモデルでは、欲求階層がピラミッド型をしており、最も動物的な欲求から最も人間的な欲求へと欲求が昇華していく様子を示します。ピラミッドの底辺にあってもっとも低次な欲求だと考えられているのが、生理的欲求で、例えば生活を維持していくためのお金などへの欲求がここに属します。これが満たされると次の欲求として、安全欲求が生じます。これも満たされると、社会的欲求が生じ、さらに尊厳欲求となり、そしてピラミッドの頂点に位置するのが、自己実現欲求です。


マズローのモデルは分かりやすいのですが、常に批判の対象となるのが「低次の欲求が満たされて初めて次段階の欲求が生じる」という仮定です。この仮定によれば、自己実現欲求は最も高次な欲求ですから、下位のあらゆる欲求が満たされてはじめて生じるものだと解釈することになるわけです。これに対し、コトラー・カルタジャヤ・セティアワン(2010)は、逆さまのピラミッドが当てはまるケースがあることを示唆します。つまり、もっとも底辺に自己実現欲求が位置しており、生理的欲求や安全欲求よりも優先して自己実現欲求が芽生えるというケースです。


それは「クリエイティブな人々」だとコトラーらは言います。例えば、科学者やアーティストは、往々にして物質的充足を捨てて自己実現を追求し、お金で買えるものを超越した何かを手に入れようとするといいます。それは、意味や幸福や悟りといったもので、物質的充足はたいてい最後にくるものだと指摘するのです。あくまで物質的充足は、自分が自己実現の一環として達成した成果に対する見返りだということになります。


確かに、世に名声を残した芸術家や文学者が、生前にはとても貧しい生活をしていたりするような話がよくあります。彼らはその才能からすれば、決して物質的豊かさを実現させる能力に欠けていたとは言い難い場合でも、そんなことを投げ打って、自分の理想を追い求めていたのでしょう。したがって、マズローの欲求階層ピラミッドは絶対的なものではなく、場合によっては自己実現欲求から始まる逆ピラミッドであることもあるのだという意識を持つのがよいかもしれません。