「販売の科学」をマスターして一生モノのスキルを身に着けよう

モノやサービスを売る力すなわち販売力はビジネスの基本です。いくら良いものであっても販売の仕方を間違えれば売れません。また、販売力を身に着ければどのような業界でも活用することが可能なので、ビジネスパーソンにとっては「一生モノ」の財産となることでしょう。しかし、Hoffeld (2016)は、販売力に関する多くのトレーニングが、逸話的なものや非科学的なものであるがゆえに、場合によっては販売力を阻害しているケースさえあると指摘します。では、真に成功する販売の方法とは何か。Hoffeldは、それを「科学的証拠」すなわちエビデンスに求めます。つまり、科学的な裏付けのある販売方法をとれば、確実に販売力がアップすることを主張するのです。


その方法とは、人間の脳がどのようなステップで販売に関する判断や意思決定を行うのかを的確に理解し、脳が下す意思決定のステップに自然に沿うようなかたちでアプローチをしていけばよいということです。非科学的な販売方法をとるならば、人間の脳の働きに逆らうような働きかけをしてしまうので失敗してしまうのです。Hoffeldの提唱する販売の科学は、まさに人間の購買意思決定に関する科学的な証拠に基づく自然なアプローチだと言えるのです。


では、Hoffeldの提唱する販売の科学を簡単に説明していきましょう。まず、私たちは、ある特定の商品やサービスに関するメインのメッセージからの影響と、それ以外の周辺的な状況による影響の2つの影響を受けながら購買意思決定をします。周辺的な状況とは、例えば、私たちは機嫌が悪いときに大きな買い物の意思決定をしないでしょうから、最初に「ご機嫌いかがですか」と聞くことが有効となるでしょうし、たった1つの選択肢を提示されて購買を迫られるよりも、複数の選択肢が提示されてどちらかを選択するようなアプローチをされたほうが実際に購買する確率が高まるでしょう。これらの周辺的な状況については、行動経済学でのバイアスの知識や、社会心理学における他者の影響(人は、他の多くの人が買っていますよというメッセージに弱いなど)の知識を詳しく学習することで理解が深まります。


次に、実際の脳の働きに自然に従うかたちでメッセージを伝えていく方法については、最初のステップとして、現状における顧客の問題点や、「マーケティングのジョブ理論」でいうところの「やるべき仕事(ジョブ)」を認識してもらうというものがあります。そもそも現状に問題がなければ、あるいはやるべきジョブがなければ、新たなアクションをとる必要もないので購買に動きません。しかし、そのような問題が顧客自身も気づいていないような潜在的なものである場合、現状について質問を投げかけていくのが効果的なアプローチになります。そこから、何かアクションを起こす必要があると顧客自身が気づくことが1つの前進になります。そして、今そのアクションが必要だという認識を喚起させることも重要です。緊急性を感じなければ、「先延ばし効果」が生じてなかなか購買には至りません。そのうえで、自社の製品やサービスが、その問題を解決する、すなわちニーズを満たすことを知ってもらうように働きかけることになります。そして、他業界や他社ではなく、自社の製品やサービスがその問題解決に最適であることを示さなければなりません。


さて、ここまでで、顧客が自ら、現状で抱えている問題(あるいはやるべきジョブ、ニーズ)を意識し、いますぐアクションを起こす必要性を理解し、問題を解決する(ジョブを遂行する、ニーズを満たす)のに最適な製品・サービスがあることを知ったことになります。これで顧客は自社の製品やサービスを買ってくれる、すなわち販売は成功しするかといえばそうではありません。人間は、頭(理性)ではその必要性がわかっていてもなかなか行動に移せないことがあるからです。このままでは顧客が本当に商品やサービスを購入してくれるかわかりません。では、何が決め手となるのでしょうか。それは「感情」です。脳科学や心理学などでは、感情が私たちの行動に多大な影響を及ぼしていることが科学的に明らかになっており、その知識を用いることが必須です。要するに、人は感情で動くのです。


人は、ネガティブな感情状態のときよりもポジティブな感情状態の時のほうが、つまり良い気分のときのほうが購買の意思決定をしやすいことはすでに述べました。さらに大事なことは、人間は、心の奥底において、「何かを失うことを極度に恐れ」「何かを得ることをとても欲する」という特性を持っています。これは理性でも合理性でもなく、動物としての人間が進化の過程で生き残るために培ってきた「本能」なのです。本能であるがゆえに、それらは感情の働きとして発現します。したがって、この感情の働きを後押ししてあげることで、自然と購買の意思決定に導くことができるのです。すなわち、適切な質問を投げかけるなどのコミュニケーション手段を通じて、「今すぐに購入しないと大きな損失を被るかもしれない」「今すぐに購入することで大きなメリットを得ることができる」という感情の働きを活性化させることが、最終的な購買を促すうえで重要だというわけです。


このように、人間が本来もっている脳の働きに自然に沿うようなかたちで販売アプローチを行うことが、販売の成功確率を確実に高めることにつながるといえるでしょう。