組織で働く多文化人材はどのような特徴をもち、いかなるかたちで組織に貢献するのか

世界がグローバル化するにつれ、企業で働く人々の中に、同一国で生まれ育った典型的な人々に加え、複数の文化的背景を持った多文化人材(multicultural employees)が増えるようになりました。例えば、他の国から移民してきた人材、海外赴任などで長期間他国に滞在していた人材、帰国子女、国際結婚で外国人の配偶者や家族を持つ人材などです。移民政策をとっている国家や、もともと多文化・多民族からなる国家の場合には、多文化的人材を多く抱えるようになっていることでしょう。多文化人材は、同一国で生まれ育った典型的な人々(単一文化人材)と異なる特徴を持つがゆえに、異なる組織行動論的な傾向を持ち、単一文化的人材とは異なるユニークなかたちで企業経営に貢献する可能性を秘めていると思われます。


Fitzsimmons (2013)は、多文化人材がいかなる特徴を持ち、いかなる形で企業業績に貢献しうるかについての新しいモデルを構築しました。このモデルの鍵となるのが、本人の多文化的アイデンティティの様相です。複数の文化的背景を持つ人材は、複数の文化的なアイデンティティを保持していると思われますが、本人のこれまでの経緯や環境によって、その様相は異なると思われます。その違いが、本人が組織で働く際の特徴に影響すると考えられるわけです。Fitzsimmonsによれば、多文化的アイデンティティの様相を特徴付けるのが「単一−多数」の次元と「統合−区画」の次元です。「単一−多数」次元は、多文化人材がメインとするアイデンティティを単一文化に設定しているか、あるいは複数文化を同時に設定しているかの違いで、「統合−区画」次元は、多文化人材が、複数のアイデンティティを統合しているか、区分して使い分けているかという違いです。


例えば、上記の2つの次元の位置づけを用いると、多文化人材が持つ文化的アイデンティティは、いくつかのパターンに分類できます。例えば「優先的多文化人材」は、メインとなる文化的アイデンティティを保持し、他の文化的アイデンティティはサブに位置づけるようなアイデンティティの階層構造を有していると考えられます。逆に「集合的多文化人材」は、複数の文化的アイデンティティを同時にメインとして用いていると考えられます。「区分的多文化人材」は、異なる文化的アイデンティティを区分しており、状況に応じて使い分けると考えられ、「ハイブリッド型多文化人材」は、複数の文化的アイデンティティを交差したり混ぜ合わせることで統合していると考えられます。


Fitzsimmonsによれば、これらの異なるパターンの多文化的アイデンティティの形成に影響するのは、本人のパーソナルヒストリー、現状で置かれている文脈、そして本人がいる場所の文化の特徴です。例えば、本人にとって、そこに属していることがステイタスであったり、自尊心の向上や誇り・プライドの向上につながるような文化集団の数が多いほど、文化的アイデンティティの「単一−多数」次元において多数に傾き、集合的多文化人材のパターンになりやすいと考えられます。また、移民の一世や三世は、自分がいた時期の長い文化的アイデンティティを単一でメインに持ちがちで優先的多文化人材のパターンになりやすく、一方、移民の二世は、集合的多文化のパターンになりやすいでしょう。


また、異なる文化的背景を持つ人々が分離して生活しないような多文化政策をとっている国家や地域に住む住民であるほど、多文化的アイデンティティを統合したハイブリッド型の多文化人材のパターンになりやすいと考えられます。文化的特徴としては、社会のしきたり、習慣、行動様式が多いといった文化的強さが高いほど、複数の文化的距離が遠いほど、もしくは複数の文化が相容れない(葛藤を起こしている)度合いが高いほど、文化的アイデンティティが統合されたハイブリッド型ではなく、複数の文化的アイデンティティを使い分ける区分型多文化人材のパターンになりやすいと考えられます。


では、多文化人材が持つ事なる多文化アイデンティティのパターンは、いかなる形で彼らの組織行動や企業経営への貢献につながるのでしょうか。Fitzsimmonsによれば、それに影響を与えるのが、多文化アイデンティティ・パターンの内部一貫性が高いかどうか(よって状況の不確実性を低減できるかどうか)、および本人が内集団と外集団を区別することによって自尊心を保てるかどうかという要素です。ここで考慮されている組織行動的特徴は、個人的な精神衛生、ソーシャルキャピタル(ソーシャルネットワーウ、人脈)、および業務スキルです。


様々な多文化的アイデンティティのパターンの中で、アイデンティティの内部一貫性が高いのは、単一の文化的アイデンティティをメインとし、アイデンティティの統合度合いが高い場合です。逆に、内部一貫性が低いのが、複数の文化的アイデンティティを同時にメインとして持ち、アイデンティティを区分して使い分ける度合いが高い場合です。前者の方が、組織内においてもより精神的に安定し、後者ほど、組織内で精神的な安定度を欠く可能性があります。また、前者の方が、単一文化の基準を用いて迅速に意思決定ができるのに対して、後者の場合、意思決定スピードが遅れがちになると思われます。一方、前者よりも後者のほうが、柔軟な形で行動を調整するスキルに優れ、複雑な状況を分析するスキルにも優れていると考えられます。さらに、単一の文化的アイデンティティをメインに置いている場合は、ソーシャルネットワークの広がりや深さが限定され、複数の文化的アイデンティティをメインとしている度合いが高いほど、ソーシャルネットワークの構造や関係性の質、すなわち人脈の豊かさが高まる傾向があると考えられます。


ただし、多文化的アイデンティティーのパターンと彼らの組織行動の特徴との関連性は、多文化人材が所属組織に対して抱く一体感(組織的アイデンティフィケーション)の度合いが高いほど弱くなることが予想され、組織が多文化環境を重視する組織文化を持っているほど強くなることが予想されます。組織的アイデンティフィケーションが高く、多文化環境の良さを活用しようとしない組織文化であるほど、多文化的アイデンティティよりも組織の一員としての均質的なアイデンティティが優先されるからです。


以上のように、今後も増え続けるであろう多文化人材は、人によって様々なアイデンティティパターンを有しており、そのパターンも、本人のパーソナルヒストリーや、置かれた文脈、文化的特徴に影響されながら形成されます。そして、こういった多文化的アイデンティティのパターンによって、本人の精神衛生的特徴、ソーシャル・キャピタルの幅や関係の質、様々な業務スキルなどの面で異なる特徴をもたらすことにつながります。企業や組織としては、このような多文化人材の特徴をよく理解することによって、グローバル化する経営環境の中に、彼らが最も活躍できるような環境を整えたり、効果的なマネジメントを行う事によって、彼らからの組織への貢献度合いを高めることができるようになるでしょう。例えば、多文化人材のアイデンティティ・パターンを考慮することにより、彼らに期待する役割や与える職務を変えたり、経営のグローバル化に伴う海外派遣人材や海外子会社のスタッフィングを工夫したりすることも可能となるでしょう。

参考文献

Fitzsimmons, S. (2013). Multicultural Employees: A framework for understanding how they contribute to organizations. Academy of Management Review, 38, 525-549.