ストーリーとアイデンティティが織りなす新たな組織形態の形成プロセス

組織アイデンティティは、組織として「私たちはいったい誰(何)なのか」という問いに答えるものとして理解できます。ですが、従来の組織アイデンティティの研究は、暗黙のうちに、当該組織がすでに存在するものとして、その組織のアイデンティティの特徴を理解していこうとするものでした。


それに対し、Fiol & Romanelli (2012)は、これまでなかった新しい組織形態が出現するプロセスについて、どのように組織アイデンティティの形成が関わっているのかについて注目しました。例えば、一昔前には「ドットコム企業」というのが世界のあちこちで出現しました。医療や製薬ではバイオベンチャーなど、航空業界ではLCC(ローコストキャリア)など、アパレルではSPA、半導体ではファブレスファウンドリなど、様々な企業形態が出現してきています。このような新たな企業形態の発生プロセスにおいて鍵となるのが、コミュニティ・オブ・プラクティス(プラクティス共同体)、ストーリーワールド(物語世界)、集合的アイデンティフィケーション(集合的同一化)といった概念です。


コミュニティ・オブ・プラクティスとは、特定のテーマや問題を共有してそれらを解決したり新しいプラクティスを生み出そうと活動する共同体だと定義されます。メンバーは出たり入ったりと緩い構造になっており固定されてはいませんが、コアのメンバーを中心に、熱狂的にテーマにかかわっていく人々からは、今後の方向性についてのストーリーが生み出されてきます。例えば、「私たちはこういった取り組みをしている。それにより、将来はこうなっていく。その中で私たちはこんなことを担っていく」というようなストーリーです。


そのようなストーリーにコミュニティのメンバーが共感していいくと、ストーリーは共有されていきます。そしてそれが、一つの共有された世界(ストーリー・ワールド)を形成するようになります。熱狂的なメンバーは、そのストーリーと自分を重なり合わせるかたちで、同一化(アイデンティフィケート)するようになるでしょう。とりわけメンバー個人の価値観、生き様、思想といったものと、ストーリーワールドとが一貫している場合には、ストーリーワールドとの同一化は強化されることになります。


ストーリーワールドがメンバー間で共有され、同一化が強まると、それは一体感につながります。その一体感というのは、個人レベルのものを超え、コミュニティ全体としての「集合的アイデンティティ」に発展します。すなわち「私たちは○○である」というようなアイデンティティが集団で共有されている状態です。こういった人々が、ストーリーワールドに従って起業したり、それに賛同する人々が参加することによって、いわゆる新形態の組織が生み出されることになります。そしてそれが、外部の投資家、顧客、地域社会などのステークホルダーから認知されるようになると、世間的にも新形態の組織として認められるようになるのだとFiolとRomanelliは論じました。

文献

Fiol, M. C.,& Romanelli, E. (2012) Before identity: The emergence of new organizational forms Organization Science, 597-611.