組織アイデンティティが脅威にさらされたとき、組織文化が果たす役割とは

「自分たちはどんな組織なのか」という組織アイデンティティは、環境の変化とともに脅威を受ける場合があります。例えば、ユニークな商品やサービスを提供するなど、他社と異なっていること(差別化)は、その会社の組織アイデンティティの重要な源泉でしょう。しかし、環境が変化して、自社も含めどの会社も似たり寄ったりの商品・サービスを提供するようになったら「自分たちは何者なのか(他社とどう違うのか)」というアイデンティティを維持できなくなるでしょう。あるいは、自分たちが自信を持って提供している商品やサービスが組織アイデンティティの中核を占めている場合に、時代とともにそういった商品やサービスのニーズがなくなってしまう場合にも、自分たちは何者なのかといったアイデンティティは脅威にさらされるでしょう。


このような環境変化に伴う組織アイデンティティの脅威においては、組織のリーダーが中心になって、変化した環境に合うかたちで「自分たちはどのような組織であると外部に見られたいのか(見られるべきなのか)」という希望や理想を軸に、組織アイデンティティの変革(新しい組織アイデンティティの確立)に取り組むものと思われます。つまり、必要とされる組織アイデンティティを、「外部からどう見られるか」という視点から再構築するだろうという考え方です。これは「アイデンティティ主張 (identity claim)」といわれる行為です。


しかし、組織を動かしていく必要があるリーダーはともかく、ずっと組織にいるメンバーは、そう簡単にこれまでとは異なる組織アイデンティティを受入れることはできないでしょう。メンバーにとってみれば、古い、そして脅威にさらされている組織アイデンティティと、新しい組織アイデンティティの間に、少なくともなんらかの連続性が見いだせなければ、「はいそうですか」といった形で新しい形で自分たちを再定義するのは難しいのです。これは、個人においても同じことで、昨日までの自分と、明日からの自分は全く異なる人物だというような変化は通常は容認できません。つまり、環境変化に対応するためにまったく異なる組織アイデンティティを確立しようとしても、組織のメンバーは、アイデンティティ主張に対するアイデンティティ理解(identity understanding)において困難を伴うと考えられるわけです。


Ravasi & Schultz (2006)は、外部環境の変化によって組織アイデンティティが脅威にさらされた場合に、「組織文化」が重要な役割を果たすことを実証研究を通じて明らかにしました。ここでは、組織文化を「さまざまな環境において組織(もしくはそのメンバーが)がどう行動すべきかの指針となるような、組織内で共有された心理的前提(shared psychological assumptions)」と定義します。わかりやすくいえば「組織内のメンバー間で共有された価値観(ものの見方・考え方)」です。このような、組織の深層にあって目に見えにくい「心理的前提」や「価値観」は、有形、無形のかたちで、あるいはフォーマル、インフォーマルなかたちで組織のあらゆる側面やプラクティスに反映されます。それは、もっとも目に見えやすい、触りやすい、聞こえやすいものにまで具現化されていきます。例えば、組織における儀礼的な実践(例、朝礼、社歌)、構造物(建物、オフィスレイアウト、グッズ)、言葉(社内用語、隠語、言葉遣い)、シンボル(ロゴ、マーク)、物語、英雄、服装、などが含まれます。


Ravasi & Schultzが実証研究で明らかにしたのは、アイデンティティが脅威にさらされたとき、「この組織(私たち)はいったい何なのか」という基本的な問い直しにおいて、組織が外部からどう見られているかの理解と同時に、私たちの組織文化はどんなものなのかといった、「組織文化」の理解が手がかりとして用いられるということです。組織の歴史の振り返りなどによる組織文化の理解を手がかりとして「私たちは他の組織とどう違うのか」を再認識しようとするわけです。現在の組織文化をかたちづくる基礎となった組織の歴史は、そのときの状況によりメンバーによって再解釈されうるものです。そういった過去の歴史を再解釈しながら、組織文化の理解を、組織アイデンティティの意味付けに利用していきます。


そうすることにより、組織のリーダーを中心として、「私たちの組織アイデンティティはどうあるべきか」といったような「アイデンティティ主張」が形成されていくわけですが、その場合にも、組織文化をツールとしてうまく利用しようとすることも明らかになりました。つまり、古い(無効となった)組織アイデンティティと、新しい組織アイデンティティとの連続性や、メンバーにとっての納得性を高めるために、組織文化がツールとして使われるわけです。新しい組織アイデンティティの根拠として、「私たちはこれまで・・・のように歩んできた。それによって培われた・・・を生かしつつ、これからは、こんな組織になっていく」というような形でリーダーとメンバーが自分たちの組織とは何かについての共通了解を高めていこうとするわけです。


とりわけリーダーによる組織アイデンティティをマネジメントしていこうとする行為は、象徴的行為(symbolic action)として理解することが可能です。 組織文化は、組織のあらゆる側面に「シンボル(象徴)」として現れてくるので、リーダーやメンバーは、それらを用いて、組織アイデンティティを変化、再生するためのストーリー作り(ナラティブ)に生かしていこうとするのだと考えられるのです。

文献

Ravasi, D., & Schultz, M. 2006. Responding to organizational identity threats: Exploring the role of organizational culture. Academy of Management Journal, 493: 433–458.