市場経済において企業は顧客の方を向いているわけではない

神の「見えざる手」を想定する古典的な経済学の場合、自由市場があって、そこに売り手(生産者、企業)と買い手(消費者、顧客)が集まり、売り手と買い手が価格交渉する結果、需要と供給が均衡する点で、製品のスペックや価格が決まると考えられています。


しかし、経済社会学者のハリソン・ホワイトは、現実で起こっている現象に基づき、市場経済における異なる視点を提供します。そのポイントは「売り手の企業たちは顧客のほうを見て行動を決定しているのではなく、お互いを見て自分たちの行動を決定している。それによって製品のスペックや価格が決まる」と考える点です。つまり、売り手としての企業たちは、他の企業の状態や行動を観察しながら、自分の製品のスペックを少しだけ他社と異なるように差をつけたり、価格を少しだけ他社と異なるように差をつけたりして差別化すると考えるのです。そうすると、組織生態学が論じるように、ニッチ市場が生じたり、企業間のすみわけが生じたりすることになります。


ホワイトの考えによれば、市場は、売り手としての生産者(多くの場合、企業)の集合体としてとらえられます。もちろん、顧客のニーズや声が無視されているわけではなく、それらは市場全体に反映されるものの、実際に投入される製品の種類や価格は、そういった顧客の声を考慮しながらも、主には企業同士の相互作用によって決定されます。企業が投入する製品や価格の決定要因としては、その製品の投入や価格によって顧客がどう反応するかよりも、市場で活動する企業全体の中で自社および投入製品がどのようなポジションにあるか、あるいは、どのようなポジションを占めるべきか、他社がどれくらいの量を製造するのか、どのような価格付けを行うのかなどに関する要因が強く関連していることになります。


社会ネットワーク理論との絡みでいうならば、市場は古典的な経済学が想定しているように、個別の経済主体としての売り手と買い手が、市場において独立に交渉しあっているのではなく、売り手の企業、組織どうしがネットワークでむすびついており、そのネットワークにおける相互関係によって、お互いの行動を観察しあいながら、自社の立ち位置や投入する製品や価格を調整するというフィードバック・プロセスが繰り返されることにより、市場全体が自己発展・自己進化していくという理解になります。ホワイトの理論は、経済学が主たる研究対象とする市場経済において、社会学的なネットワーク理論の視点を導入した先駆けの研究ともいえるでしょう。

文献

White, H.C. (2000). Where do markets come from? American Journal of Sociology, 87, 517-547.