中国IT企業の組織マネジメント

かつて日本企業は、メイド・イン・ジャパンの高品質な工業製品で世界市場を席巻し、高度成長を実現しました。高度成長を実現させ、世界経済におけるジャパン・アズ・ナンバーワンの地位を確立することができた背景には、戦後に確立した日本の雇用慣行や組織マネジメントのあり方が、ものづくりを中心とする産業特性とベストフィットの関係にあったことを無視することはできないでしょう。

 

そして、いま世界経済で起こっていることは、世界におけるデジタル技術開発とその社会実装を中国が先導しているということです。中国市場でデジタル・イノベーションが先行し、BATJ(百度、アリババ、テンセント、京東)と呼ばれる巨大プラットフォーマー企業や、それに続く新御三家としてのTMD(バイトダンス、美団点評、滴滴出行)を始めとする中国初のデジタル企業(IT企業)が驚異的なスピードで成長しています。中国は国家レベルでデジタル革命を推進し、世界のAI大国になることを目標に掲げています。

このような中国のデジタル革命を支える中国IT企業の組織マネジメントとはどのような特徴を持っているのでしょうか。これについて岡野(2020)は、日本の組織マネジメントがリアルな世界でのものづくりに最適であったように、中国のIT・デジタル企業の経営者の思考や行動特性や組織マネジメントが、デジタル技術を活用した事業化にマッチしてしていることを指摘しています。では、デジタル産業での成功に寄与する中国企業の組織マネジメントとはどのような特徴を持っているのでしょうか。

 

岡野が指摘するのは以下の5点です。1点目は、中国の企業人は、日本の企業人のように「サービス・商品を地道に創る」という思考ではなく、「規制の製品・サービスを組み合わせて、短期・効率的に儲けたい」といったトレーダー思考だという点です。また、「まずはやってみる、走りながら考える」というトライアル・アンド・エラーによるスピード重視の考え方を持っています。この思考は、中国のIT企業が、「社会の困りごと」を見つけ、そこからプラットフォームを作り出すチャンスを伺い、小さな一歩から始めて試行錯誤で事業化できるかどうかを模索し、スピード勝負で事業化して市場を押さえるという一連の行為を可能にしてきたといいます。

 

2点目に、中国のIT企業は、カリスマ的な創業者などによる「トップの独裁」と階層構造が弱い「フラットな組織構造」という特徴を持っており、それが、トップダウンでの先行投資による一気呵成な事業立ち上げや、1つのデータを全社皆で見るといったデータ活用にマッチしてきたという点が挙げられます。一般的に、顧客満足度を志向するような営業思考と、デジタル技術開発やデータ活用といった技術志向を1つの組織に共存させることは難しいことなのですが、独裁的な経営者がトップダウンで異なる文化を自社内で両立させ、経営スピードを高めるといったことが可能になったというわけです。

 

3点目は、トップ経営者が自民族の誇りや愛国心に基づき、社会の課題や国家の発展における自社の存在意義を強く打ち出すという「大義名分・ビジョン」を掲げることで、顧客(消費者)、社員、政府からの「共感と期待」を獲得し、先行投資が続くことで先行きが見えないなかでも、社員の求心力や消費者からのサポートを得ることができてきたということが挙げられます。これは、中国では、国民の自立心と向上心を刺激し一体化を醸成するような学校教育や政策方針を持っており、国民と政府が一体になって世界の頂点を目指して国を押し上げようとするエネルギーがうまく活用されていると考えられます。

 

4点目は、ルールによる秩序よりも、実験を繰り返しながら前に進もうとする組織文化を中国IT企業が持っていることです。中国企業の社内ルールは曖昧さを含んでおり、トップに裁量の余地を残しているケースが多いといいます。そのため、投資判断が柔軟・スピーディに行われ、社内で競合関係を作るなど、あえてカオスを持ち込むマネジメントなどが行われているケースもあるといいます。例えば、テンセントの「灰度哲学」は、組織マネジメントやリーダーシップにおける「寛容」「多様なものが混じりあって1つになること」の大切さを説いており、さまざまな役割を拙速に型にはめようとせず、それが成長し変化するのを容認する姿勢を貫いているといいます。

 

5点目は、「中国を実験場として最先端のものを作り、それを世界で売る」という精神によって、優秀な人材に成長の場を提供することで新技術やモデルに積極的にチャレンジする土壌を作っていることです。これは、中国では個人や企業などのデータ活用が比較的容易であること、新興企業はレガシー・システムが存在しないためゼロベースでシステムの構築が可能であること、そして企業のイノベーションに対して中国政府は放任の政策をとっていることなどから、例えば「世界最先端の金融システムを開発したい」といった一流の技術者のマインドに対して、実験の場を提供できていることが挙げられます。

 

異常のように、岡野は、中国IT企業のトライアル・アンド・エラー、スピード重視、成長志向といった特徴が、デジタル技術を活用した事業化にマッチしていること、そして、トップ権限が強く階層構造が弱いという組織の特徴がデータ活用で優位性を生み出していることを指摘しており、日本企業が重視してきた組織マネジメントとは異なることを理解すべきだといいます。そして、デジタル産業では、「実験を繰り返しながら、ビジネスモデルを作る」スタイルがより強く求められていること、「自社を実験台として、多くの企業をオープンに集めて、エコシステムを創っていくこと」ができる企業が成功確率を高めると指摘しています。

参考文献

岡野寿彦 2020「中国デジタル・イノベーション ネット飽和時代の競争地図」日本経済新聞社