資本市場における事業会社と投資銀行のネットワーク

古典的な経済学に対して、ネットワーク理論を志向する経済社会学者たちは、実際の市場経済では、ネットワークが重要な働きをしていることを指摘しています。その中でも、Barker (1990)は、金融資本市場において事業会社が資金調達を行う際の、投資銀行との関係について研究しています。とりわけ米国において現代の金融資本主義を象徴する金融市場は、経済学でいうところの自由競争市場に近く、資金調達を行いたい企業と、その調達ニーズを引き受け、投資家との間の金融取引(株式や債券の売買)を取り持つ投資銀行との間においても、自由競争市場が成り立っていると考えられがちです。Barkerはその見かたに意義と唱え、金融市場においてもネットワーク的視点が重要であることを指摘します。


Barkerは、主に資源依存理論に基づいて、事業会社と投資銀行とのネットワークを論じます。資源依存理論によると、企業は、自社にとって重要な資源を握っている外部組織とのつながりを作ることによって、資源依存関係から脱するとともに、相手組織に対する影響力を高め、資源獲得に伴う不確実性を低減しようとすると考えます。その意味で、事業会社は、資金調達ニーズがあるときに、自社が発行する株式や債券の販売能力を、投資銀行に依存しています。投資銀行も、資金ニーズの豊富な事業会社がいなければ、顧客にさばく株式や債券がありませんので、お互いに依存しあっていることになります。よって、事業会社も投資銀行も、互いに依存し合っていると同時に、相手に対しての影響力を強めることによって、自分のビジネスを有利にし、不確実性を防ぎたいというニーズを持っているといえます。このようなニーズが、金融市場においてどのようなネットワーク形態をもたらすのでしょうか。


Barkerは、市場における組織間のインターフェースを3つに分類します。1つ目は、特定の組織との長期的関係を築き、維持するものです。その組織とのみ取引を継続的に行うことで、相互信頼を高め、機会主義的な行動を防ぐとともに、不確実性を低減します。2つ目は、その場かぎりの短期的取引です。経済学でいうところの自由市場に近い考え方で、その時々に、市場においてもっとも望ましい相手と取引をすることによって、市場における健全な競争を誘発し、良いものを安く購入しようとする形態です。米国の資本市場における取引はこれに近いという通念があったわけです。3つ目は、長期的関係と短期的取引のハイブリッド型です。これは、長期的関係取引と市場での短期的取引を使い分けることによって、両者のメリットを得ようとする形態です。Barkerは、米国の資本市場においてもこの3つ目のインターフェースが支配的であるという仮説をたてて、実証研究を行いました。


事業会社と投資銀行がハイブリッド型のネットワークを作ることには以下にあげるようなメリットがあります。事業会社が、特定の少数の投資銀行と、役員の兼任などを通じた長期的な関係を構築することによって、その投資銀行をメインバンクとすることにより、相互に信頼関係を築き、安定的な取引を可能にします。ただし、特定の投資銀行のみとの排他的取引は、投資銀行同士の競争をなくすことにより、市場経済における「見えざる手」を阻害します。つまり、健全な競争をすることによって、価格を下げ、品質を上げる努力を促進できなくなります。そこで、事業会社は、市場においてその時その時に、別の投資銀行とスポット的に取引することも行います。すなわち、特定の投資銀行とは安定的な関係を維持しながらも、場合によっては取引相手をスイッチさせる余地を残しておくことによって、緊張関係をつくり、健全な競争も促進しようというわけです。ハイブリッド型の形態は、投資銀行から見ても、同様の理由でメリットがあります。つまり、投資銀行から見ても、場合によっては長期関係にある企業ではない企業と取引する余地があることで、交渉力を維持できるわけです。このように、事業会社、投資銀行の相互において、依存関係の解消と影響力の行使、不確実性の低減といったニーズを満たすものが、ハイブリッド型のネットワークであり、Barkerは、米国の資本市場においてそれが支配的であることを示したのです。

文献

Baker, W. E. (1990). Market networks and corporate behavior.American Journal of Sociology, 96, 589-625.