多国籍企業の海外拠点における人材マネジメントはどうあるべきか

経済のグローバル化の進展にともない、わが国での多くの企業が海外に拠点を設けるようになり、いわゆる多国籍企業になってきました。多国籍企業経営の難しいところは、制度的・文化的環境の異なる国々を跨いだかたちで、企業としてのグローバルな事業を円滑に行っていく必要があることです。異なる環境を持つ国でそれぞれのやり方に従っているだけではグローバル企業としての統一を保てませんし、ヒト、モノ、カネ、知識といった経営資源をグローバルに展開することによって総合力を発揮することもできません。そこで、経営資源の1つであるヒトの面において問題になるのが、多国籍企業の海外子会社など、海外拠点の人材マネジメントをどのようにしていったらよいかということです。


その際の論点となるのが、本国もしくは企業本体の人材マネジメントシステムを海外拠点に「輸出」する、もしくは人材マネジメントを「グローバルに統合する」か、海外拠点のある現地の雇用慣行などに従い、本国もしくは企業本体の人材マネジメントシステムとは異なるシステムを導入するかという点です。一般的に、多国籍企業本社のマネジメントは本国の経営環境の影響を強く受けていることから、本国で行われている人材マネジメントシステムが海外拠点での人材マネジメントシステムのあり方に与える影響を、「出身国効果(country-of-origin effects or home-country effects)」といいます。それに対し、海外拠点がある現地国の制度的・文化的影響が、拠点での人材マネジメントのあり方に与える影響を「操業国(現地)効果(country-of-operation effects or host-country effects)」といいます。


多国籍企業が海外拠点の人材マネジメントシステムにおいて出身国効果を志向する理由は、まず、出身国で成功した人材マネジメントシステムはそれなりに競争力の源泉であると考えられるため、それを海外にも移植すべきだという考え方に基づきます。「企業は人なり」とするならば、その人のマネジメントの仕方にはその企業なりのやり方があるので、それを一貫して用いようということです。また、多国籍に事業を展開しているとはいえ、1企業としての統一感を出すためにも、人材マネジメントシステムは統一化するべきだという考え方もあります。さらには、世界中を通じて人材マネジメントが標準化されることによって、国をまたがった人材の移動にも対応しやすいという理由も考えられます。たとえば本国から海外拠点への派遣や、海外拠点同士の人材移動においても、人材マネジメントシステムが標準化されていれば、本人たちはそれほど戸惑うこともありません。


逆に、人材マネジメントシステムの現地化を推し進める理由としては、そもそも人材市場や雇用慣行はその国に特有の制度的・文化的慣行に埋め込まれているため、それに従わなければ現地において正当性が得られないだろうという考えがあります。「郷に入らば郷に従え」ということです。現地で常識だと思われているやり方に従わなければ、その企業は非常識だと認識されかねないということです。現地における他の企業と似たような人材システムを整備したほうが、現地の優秀な人材を獲得できる可能性が高いとも考えられます。他の現地企業を志向する人々の選択肢の中に当該企業が入ってくるからです。


実際の海外拠点の人材マネジメントシステムは、出身国効果および現地化の2つの力のせめぎあいに基づく折衷型、混合型である場合が多いのですが、人材マネジメントシステムをそのコンポーネントに分解するならば、コンポーネントによって出身国効果が色濃く出ている施策もあれば、現地化の色彩が強い施策もあるでしょう。出身国で成功したやり方を模範としたうえで、世界的に統一化、標準化したほうが企業競争力にとって望ましいとおもえる部分については、統一・標準化を推し進め、現地の制度的・文化的慣行に従ったほうが人材マネジメント上望ましい部分については現地化を推し進めるというようなかたちが現実的なのでしょう。