言語表現のレトリックが新しい経営手法の流行を左右する

ビジネス社会では、さまざまな経営手法が生み出され、広がっては衰退していくというプロセスを繰り返します。ある経営手法が急激なブームとなって普及し、その後急速に熱が冷め廃れていくような場合もあれば、別の経営手法がゆっくりとしかし確実なかたちで普及していく場合もあります。このような経営手法の普及メカニズムには、企業に対してその手法の導入を促す説得手段としての言語表現の修辞(レトリック)が果たす役割が大きいことを指摘したのがGreen(2004)です。説得手法としてのレトリックは、新しい経営手法を売り込みたいメディアやコンサルティング会社、経営の専門家によってなされる場合もあるでしょうし、社内において経営陣を説得するために語られる場合に用いられることもあるでしょう。こういった視点に基づき、Greenは、経営手法普及のレトリカル(修辞学的)理論を提唱しました。


企業が特定の経営手法を導入するということは、その手法が効果をもたらすという期待があるからでしょう。そういった期待は、論理的に納得される場合もあれば、言葉のうまい使い方(レトリック)によって説得されるという場合もあります。レトリカル理論は後者に注目し、ビジネス社会において特定の経営手法がいかなる言語表現で語られるかが、その手法導入に向けた説得力を左右し、その後、その経営手法が普及していくプロセスに影響を与えるだと考えます。このような特定の経営手法に対する「飾られた表現」は、それがビジネス社会の間で「当然のもの」として普及しきるまで続けられると考えられます。


Greenは、このレトリックを、感情的レトリック(pathos)、論理的レトリック(logos)、道徳的レトリック(ethos)の3つに分類します。感情的レトリックは、ビジネス社会にある不安や焦りなどの集合的感情に訴えるような言語表現を指します。「○○はもう古い!」「△△はもはや避けられない!」(だから当該手法の導入が必要)というような言語表現で不安心理を煽ったりします。論理的レトリックは、効果性や効率性の向上に焦点を置いた説得手法です。「○○を導入すると△△という理由で業績が向上する」というような説明の仕方がされます。道徳的レトリックは、社会的に正しいと思われていることに沿っていることを強調する説得手段です。「○○は、社会的に求められていることである」「△△を導入することは社会の一員として当然のことである」というような表現が用いられます。


Greenによれば、ビジネス社会における人々や企業の感情面に訴えかける感情的レトリックのみに支えられた経営手法は、急速に普及し、急速に衰退すると予想されます。効果性、効率性に焦点をあたる論理的レトリックのみに支えられた経営手法は、中程度のスピードで普及し、中程度のスピードで衰退していくと予想されます。そして、道徳的レトリックのみに指示された経営手法は、ゆっくりとしたスピードで普及していき、衰退もゆっくりと進みます。実際の経営手法の普及は、これら3つのレトリックが組み合わされて使われていると考えられます。経営手法の普及初期に感情的レトリックが用いられ、その後、論理的レトリック、道徳的レトリックへと説得手段が徐々に変わっていくような場合、急速なブームになったあとも普及が持続し、なかなか衰退しないという長期的なトレンドが引き起こされると考えられるわけです。

文献

Green S. E. Jr. (2004). A rhetorical theory of diffusion. Academy of Management Review , 29, 653–699.