アジア系アメリカ人が企業業績の衰退時にリーダーに選ばれやすいのはなぜか

アメリカ合衆国のビジネス社会における企業のトップマネジメント職位の大半を占めているのは白人男性です。これはこの国の歴史的背景や社会的特徴を考えれば容易に理解できます。一方、アジア系アメリカ人は、アメリカ国内でも平均的に見て学歴や収入が高いにも関わらず、つまり、平均的にも優秀であるにも関わらず、企業のトップマネジメントに選ばれる比率が低いことが統計でも示されています。例えば、2015年の時点では、Fortune 500企業のCEOのうち、東アジア系の人物がCEOだったのはたった3社(0.6%)でした。

 

このようなアメリカ合衆国の特徴について、Gündemir, Carton, & Homan (2019)は、「アメリカではマイノリティであって企業のトップには選ばれにくいアジア系アメリカ人は、実は企業業績が衰退するときほどリーダーに選ばれやすいのだ」という仮説を立て、それを3つの実証研究によって確かめました。ではなぜ、そのような仮説が成り立ち、かつ実証データでも支持されるのでしょうか。なお、以下においてはアジア系アメリカ人という用語を、主に東アジア系の先祖を持つアメリカ人という意味で用います。

 

Gündemirらの仮説の根拠となるのは、「暗黙のリーダーシップ理論(implicit theory of leadership)」あるいは「リーダーのカテゴリー理論」と「文化的ステレオタイプ」です。暗黙のリーダーシップ理論、リーダーのカテゴリー理論では、誰がリーダーとして選ばれやすいのか、認められやすいのか、そしてリーダーとしての実績を上げるのかは、フォロワーが心の中で暗黙的に持っている「理想的なリーダー像」あるいは「リーダーとしてのプロトタイプ(典型)」に依存していると考えます。つまり、フォロワーはあらかじめ「ついていきたいリーダー、あこがれる英雄」などのイメージ・カテゴリーを持っており、実際にそのカテゴリーに属するリーダーに惹かれ、そのリーダーの下であれば頑張って働くので、組織としての成果も上がるというわけです。

 

例えば、アメリカ人の多くが暗黙的に持っている理想的なリーダー像もしくはリーダーカテゴリーにフィットした人が大統領として選ばれるので、日本の首相に選ばれるような人物は大統領にもなれないし、たとえなれたとしても実績を上げられないということになります。アメリカのビジネス社会でいうならば、その是非はともかく、多くの人々がもっている企業トップとしてのリーダー像のカテゴリーに近いのが「白人男性」なので、白人男性が企業トップのリーダーに選ばれやすく、実際に企業トップの大半を占めてしまうというわけです。

 

次に、Gündemirらは、文化的ステレオタイプアジア系アメリカ人が平時には企業のトップに選ばれにくく、企業業績の衰退時になると企業のトップに選ばれやすくなることの根拠になっていると論じます。まず、アメリカ人の多くが持っているアメリカ企業のリーダー像は「強くて支配的な人物」「外向的で断定的な人物」です。それに対して、アメリカ人の多くが持っているアジア人の文化的ステレオタイプは、欧米人と比べて集団主義的で、自己の利益を犠牲にしてでも集団の利益を優先するような特徴を持っており、あまり外向的でないというものです。これは、先ほどの「強くて支配的な人物」「外向的で断定的な人物」にフィットしません。これが、アジア系アメリカ人アメリカ企業のトップに選ばれにくい理由となります。

 

しかしGündemirらは、上記のようなアメリカでの理想的な企業トップのリーダー像はいつでも不動というわけではなく、企業が置かれる状況によって変わってくることを予想します。そこでGündemirらが着目したのは、企業業績が衰退している状況です。企業が成功しているときや安定している時は、いわゆる平時なので、これまでの議論のとおり、白人男性が企業トップに選ばれやすいといえます。しかし、企業業績が衰退しているときは、企業にとってピンチであるため、平時のリーダーとは異なるタイプの救世主が必要だということになります。では、どのようなリーダーが必要だとアメリカ人は考えるのでしょうか。

 

企業がピンチの状態のときにアメリカ人の多くが考えるリーダーのカテゴリーは「自己利益を犠牲にしてでも、企業のために献身的に行動するリーダー」だとGündemirらは考えました。企業が危機状態にあるときに、バラバラになりつつある従業員の心をつなぎ、不安と恐れを和らげる救世主としての「自己犠牲的なリーダー」という理想像がまさに、アメリカ人の多くがアジア人に対してもっている文化的ステレオタイプとフィットしているというわけです。ですから、企業業績が衰退しているときにアジア系アメリカ人が企業トップに選出される可能性が高まると予想したのです。そして彼らが行った3つの実証研究は、彼らのロジックと予想される現象を支持する結果となりました。つまり、企業業績の衰退時には、アジア系アメリカ人がリーダーとして好まれる度合いが高まり、実際にリーダーに選べられる比率も高まったのです。

 

実は、上記と似たようなロジックと現象が、アメリカ人女性にも当てはまることが別の研究で明らかになっていることをGündemirは指摘しています。つまり、アメリカでは、企業の業績衰退時に女性がリーダーとして好まれる割合が増えることが分かっているのです。ただし、ロジックは若干異なり、その理由は、女性のほうが人々をつなぐ関係性を大切にするというステレオタイプアメリカ人が持っているからだとGündemirらは指摘しています。

 

Gündemirらの研究結果は、企業トップへの就任という面ではある意味差別されている(優秀であっても企業トップになかなかなれない)アジア系アメリカ人が、どんなときに企業トップになりやすいのかを理解することを助けると当時に、アジア系アメリカ人が今後もアメリカ社会では企業のリーダーとして選ばれにくい状態が継続してしまうことを危惧せざるを得ないことも示唆しています。つまり、アジア系アメリカ人は、企業が危機に陥った時のピンチヒッター、リリーフ投手であるというようなイメージがアメリカ社会に定着してしまっているならば、依然として平時には企業のリーダーになりにくい、すなわちアジア系アメリカ人にとっては差別的な社会状況が維持されてしまうのではないかということです。

 

参考文献

Gündemir, S., Carton, A. M., & Homan, A. C. (2019). The impact of organizational performance on the emergence of Asian American leaders. Journal of Applied Psychology, 104(1), 107.