真の戦略的人材マネジメントとは何か:ピボタル分析の事例

企業の戦略目標とは、他社との戦いに勝利しながら、持続的に企業目標を実現していくための基本方針だと考えられます。企業の戦略目標を人材面からサポートするのが、戦略的人材マネジメントです。しかし、「戦略的」という言葉が多分に心地よいものであるために、その本質を理解することなく、なんとなく一般的な人材マネジメントを戦略的であると解釈してしまいがちです。したがって、「戦略的人材マネジメント」の要諦を理解しておくことは重要です。


Casio & Boudreau (2012)によれば、戦略的人材マネジメントの要諦は、戦略目標の実現にとって最もインパクトがあるかたちで、企業として人材面への投資を実行することです。企業で働くあらゆる人材はなんらかのかたちで戦略目標の実現に貢献しているわけですから、単に「どの人材が戦略的にもっとも重要か」という問いを発していては、真の戦略的人材マネジメントは実現しません。では、戦略的人材マネジメントにおける正しい問いとはなんでしょうか。それは「人材面のどこに追加投資すると、その効果が最大化するか(例、劇的に企業業績を向上させるか)」というものです。もちろんそれは対症療法的な意味ではなく、戦略的目標に沿ったかたちで効果が持続することが前提です。つまり、企業からみた人材面での投資収益率の最大化を目指すわけです。このような人材投資対象としての重点分野を決定するための分析が「ピボタル(pivotal)分析」です。


例えば、戦略的に非常に重要な人材層があったとします。その人材層が戦略目標に大きく貢献していることは間違いないので、その水準を維持するのは当然なのですが、その人材層に追加的に投資を行っても、企業業績が劇的に向上するわけでなければ、戦略的には正しい投資とはいえません。Casio & Boudreauは、戦略的人材マネジメントのピボタル分析を理解するために、Broudreau & Ramstad (2007)でもとりあげられたディズニーランドの例を挙げています。


ディズニーランドの戦略目標をごく簡単に言えば、来場した顧客の満足度を最大化することでしょう。そこで、人材面に注目した場合に、ミッキーマウスなどのキャラクタースタッフと、清掃スタッフとを比べてみます。ディズニーランドにとって、ミッキーマウスなどのキャラクターの存在は重要ですし、顧客満足に貢献しています。けれども、先ほどの「ピボタル分析」を実行した結果、実は、キャラクタースタッフのパフォーマンスの向上よりも、清掃スタッフのパフォーマンスが向上したときのほうが、顧客満足の向上効果が大きいことがわかりました。


そうなると、ディズニーランドとしては、清掃スタッフに追加的な戦略的投資を行ったほうが業績向上効果が大きいことになります。しかし、どのように清掃スタッフに対して投資を行うべきなのかを決定するには、さらなるピボタル分析が必要になります。清掃スタッフの行動をピボタル分析した結果、清掃業務のパフォーマンスの向上よりも、困ったお客様がいたときに清掃をやめて適切なサービスを行うというパフォーマンスが向上したときのほうが、顧客満足の向上効果が大きいことがわかりました。清掃業務そのものはすでに高い水準に達しているので、このパフォーマンスをさらに向上させても顧客が感動するわけではありません。けれども、ディズニーランドに来たお客様が、清掃スタッフの心のこもったサービスに感銘して投書してくる例が多かったのです。この分析の結果、ディズニーランドでは、清掃スタッフを単に「掃除をするスタッフ」ではなく、「お客様に最も近いところにいる、ほうきを持ったカスタマースタッフ」と定義し、いかにして来客をサポートし、感動させるかを考えるのが、戦略的に重要だということになります。


このレベルまでピボタル分析を行うと、企業として如何なるかたちでどの人材に投資を行うのがもっとも戦略的に重要かが絞られてきます。清掃スタッフの顧客対応行動のパフォーマンスを高めるために、顧客対応行動の頻度とクオリティを規定する要因として「顧客対応能力」「顧客対応へのモチベーション」「顧客対応を行う機会提供」の3つのどの部分を改善するのがパフォーマンスを高めるのかというピボタル分析を行えば、さらなる重点投資のポイントが見えてきます。サービス精神旺盛でレベルの高い清掃スタッフを採用できるよう追加投資を行うのか、清掃スタッフの顧客対応能力を高めるためのトレーニングプログラムに投資をするのか、来客が困ったときにすぐに清掃スタッフがサポートできるようなロジスティクスや施設環境を改善するために投資するのか、その基本方針が見えてくるでしょう。


このような戦略的人材マネジメントを実現するためには、企業の戦略目標が真に企業の持続的競争優位性を高め、長期的な繁栄を実現できるようなものであることが大前提にあります。戦略そのものが不適切であっては本末転倒になってしまいます。企業の戦略目標が適切かつ明確になってはじめて、それをサポートするための戦略的人材マネジメントを適切なかたちで行うことが可能になるのでしょう。

文献

Cascio, W. F., Boudreau, J. W. 2012. Short introduction to strategic human resource management. Cambridge University Press.

Boudreau, J. W., & Ramstad, P. M. 2007. Beyond HR: The new science of human capital. Harvard Business School Press.