マネジャーによる部下への侮辱的管理はいかなるメカニズムで生じるのか

職階上の上司が直属の部下に対して大声で罵倒したり、人前で辱めたり、嫌がらせをするような行動を、侮辱的管理(abusive supervision)と呼びます。学術的には「上司が継続的に非物理的な敵対行動をとっていると部下に知覚されるような管理形態」であると定義されます。物理的な暴力は受けなくとも、上司にそのような侮辱を受けた部下は精神的に大きなダメージを被り、肉体的な健康や職場への不適応、自発的離職などにつながるなど、業務遂行に深刻な問題が生じるでしょう。侮辱的管理が組織内に蔓延すれば、会社の業績にも大きなダメージを与えることでしょう。このことから、マネジャーによる侮辱的管理は会社にとって深刻な状況をもたらします。


「このような侮辱的管理を行うマネジャーは上司として失格であるのみならず、人間として最低である」というように、一般的には、侮辱的管理の現象については、それを行うマネジャー本人に何らかの人間的問題があるというように受け取られがちです。しかし、そうした個人的要因に起因する側面は否定できないものの、侮辱的管理には、それを生じさせるもっと根が深いメカニズムが組織内で働いている可能性が大です。つまり、侮辱的管理を行うマネジャー本人だけの問題なのではなく、そのような行動の発生には、組織全体が抱える問題構造が反映されている可能性が高いということです。


この問題構造を簡単に言うならば、侮辱的管理を行うマネジャーは、実は自分自身が組織から不当に扱われており、その不満や精神的ダメージのはけ口として、都合のよい部下に対して攻撃的な行動をするというメカニズムが働いていると考えられるのです。これを、侮辱的管理のトリクルダウン(trickle-down:浸透)モデルと呼びます。組織の上層部から、ミドルマネジャーに向けた不当な扱いが、さらにその被害者であるミドルマネジャーがさらに下層の一般社員に対して不当な扱いをするという行為を誘発するため、不当な扱いが組織内にじわじわと浸透してしまうということです。


Tepper, Duffy, Henle & Lambert (2006)は、上記のような侮辱的管理の発生メカニズムを、組織による不適切なフェア・マネジメントに起因するモデルで説明します。彼らのモデルは、マネジャーに対する手続き的不公正(アンフェアネス)が、マネジャーの憂鬱感情などを引き起こし、そのようなマネジャーが怒りのはけ口の対象となる格好の相手としての部下(弱々しい部下)を見つけ出して彼らに対して侮辱的な行動をとるというメカニズムです。


組織からアンフェアに扱われるということは、マネジャーにとっては自分が組織から大切にされていない、もしくは価値のない人間であるという自己認識につながります。それは、自信の喪失、無力感、自暴自棄、やる気の喪失、怒り、そしてそれらによってもたらされる憂鬱感情につながります。憂鬱感にさいなまれたマネジャーの心の内には不当な扱いを受けていることに対する怒りの感情が内包されています。しかし、通常、アンフェアな扱いの温床となっている上層部に対して直接仕返しをすることがなかなかできません。それは憂鬱度を高め、どこかにそのはけ口を求めようとします。そして、そのはけ口の対象は、自分よりも立場が弱い部下に向けられます。つまり八つ当たりです。しかし、すべての部下にそれが向けられるというよりは、攻撃しやすい部下、例えば弱々しい、攻撃されても反撃できない、人づきあいが悪い、やや逸脱しているといった部下ほどターゲットにしやすいと考えられます。


Tepperらは、ネガティブ感情特性(ネガティブな感情に陥りやすい性格)をもった部下ほど、そういった侮辱的管理のターゲットになりやすいと論じています。なぜなら、そのような部下は、感情的に混乱しやすく、不安になりがちで、受動的である、不満足感になりやすいという特徴を持っており、攻撃しても反撃してこない、弱々しい対象と見なされる確率が高いからです。また、社交的でなかったりやや逸脱的な行動をする傾向があることからも、攻撃の対象としやすい面を指摘しています。Tepperらは、このような仮説を、334組の上司−部下関係を調べたデータに基づいて検証し、おおむね仮説を支持する結果を得ました。

文献

Tepper, B. J., Duffy, M. K., Henle, C. A., & Lambert, L. S. 2006. Procedural injustice, victim precipitation, and abusive supervision. Personnel Psychology, 59: 101–123.