サプライチェーンマネジメントで紐解く日本企業の人材マネジメント

サプライチェーンマネジメント(SCM)の1つの目的は、不確実性に対する対処です。例えば、販売面や生産面での不確実性に対処するうえで、社内で過剰な在庫を抱えるようではコスト増となり適切な利益を生み出せないため、企業外のサプライチェーンを含んだかたちで不確実性をマネジメントするわけです。トヨタ自動車が生み出したジャストインタイムの生産方式が一例です。この考え方は、人材マネジメントにも適用可能であり、ペンシルバニア大学のピーターキャペリ教授らが提唱しています。環境の不確実性が高まるなか、将来、いかなる知識やスキルがどの程度必要になるのかも不確実になってくるため、それらをある程度は予測しつつも、予測できない分をジャスト院タイムで調達できるよう、サプライチェーンを工夫しようとするような考え方です。


SCMの視点から、日本の人材マネジメントのこれまでのあり方について理解してみましょう。SCM的に見ると、従来の日本企業の人材マネジメントは、基本的には右肩上がりの成長を前提とし、社内に過剰に在庫を抱えるモデルであったといえましょう。過剰在庫は、新卒で採用した新入社員および入社2〜3年の、まだ戦力にならない人材です。これらの人材への投資を続け、彼らが成長したときに本格的な戦力として活用していこうとするモデルです。過剰な在庫を抱えてもやっていけたのは、日本経済が右肩上がりの成長を続け、それに応じて企業も規模の拡大を継続できたからです。このように、環境はある程度安定しており、予測もしやすいわけですが、それでも将来必要な知識やスキルに対する不確実性は存在するため、ゼネラリスト育成への投資をすることにより、どのような仕事もある程度こなせる人材を数多く育てることによって柔軟性を高め、不確実性に対処してきました。


高度成長が終わり、バブルが崩壊すると、右肩上がりの成長は望めなくなり、環境の不確実性も高まりました。その結果日本企業がとった策は、上記の過剰在庫型基本モデルは維持しつつも規模を縮小させ、その代わりに非正規雇用を増やして環境に応じて人員増や人員削減をリアルタイムにしやすいようにしました。これはいわゆる「人材ポートフォリオ」の考え方の1つの基本となっています。しかし、このモデルにも問題があります。まず、中核人材については、依然として過去の過剰在庫+ゼネラリストモデルとなっているため、技術革新のスピードが速く、技術やスキルの専門性が企業競争力に大きく影響していく環境では勝負できません。現代のビジネス界では、ごく少数の突き抜けた人材が、企業利益の多くを稼ぎ出すような現象が起こります。みな粒が揃い、同質的な日本企業では、突き抜けた人材を活用できません。また、過剰在庫を抱え長期的に育成していこうとするモデルは、社員が離職しないという前提のもとになりたっています。しかし、雇用の流動化が進めば、途中で社員が辞めてしまい投資を回収できなくなることが増えるでしょう。そして、日本の企業がグローバル化するなか、中国をはじめ海外ではすでにそのような状況が生じています。


また、SCM的に見ると、現在の日本企業の人材マネジメントは、社内のみで不確実性に対処しようとしており、サプライチェーンを活用できていません。人材マネジメントにおけるサプライチェーンの役割を果たすのが、労働市場です。日本は依然として新卒一括採用が中心で、新卒の労働市場は確立されていますが、ミッドキャリアなどその他の労働市場は未成熟で、人材の流動性があまりありません。中途採用という言葉自体が世界的に見ると違和感ある概念ですが、この市場も新卒市場に比べると小さいといわざるを得ないでしょう。必要なときに、必要な知識やスキル(タレント)を持った人材を適材適所を実現しながら活用していくためには、ロジスティクス的にそれを可能にする「人材パイプライン」が必要です。ですが、人材パイプラインを社内のみで構築しようとするのは不適切でしょう。そうであれば、依然として、新卒一括採用による「過剰在庫」を社内に抱えなくてはいけなくなります。


社内のみならず、社外の労働市場やパートナー企業などと協力しながら、「人材パイプライン」を構築していこうとするのは、まさに人材マネジメントにSCMの考え方を適用することに等しいと考えられるのです。