組織的公正の神経科学

組織において人々を公平に扱うことの重要性を前提にするのが、フェア・マネジメントであり、私たちは日頃、公正であること、公平であることを非常に重視しているといえます。そして、公正感および公平・不公平に対する反応は、私たちが成長の過程で後天的に身につけるものというよりは、人間として生まれながらに脳にプログラム化された生得的な働きであるということがわかってきました。小さな子供たちの兄弟喧嘩のようなものでも「不公平だ」という感覚が引き金になったりすることを考えると、公正感が生得的なものだということには納得感があります。


進化論的にいうならば、人間は社会的動物として進化する過程で、集団生活を維持するために、公正であることを重視するように脳が進化してきたとも考えられるのではないでしょうか。このような生得的な公正感の立場の妥当性を実証するのに役立っているのが、最近発展の著しい神経科学の研究です。このような背景を鑑みて、Beugré(2009)は、組織的公正の神経系モデル(neuro-organizational justice modelの可能性を議論します。


Beugréが提唱する組織的公正の神経系モデルは、公正に関わるイベントが、まず脳神経系レベルでの反応を引き起こし、それが心的プロセスにつながり、そして行動として発現されると考えます。脳神経系レベルでの活動は、実際の脳の複数の部位の活動が活発化することによって生じると考えられます。そして、脳神経系レベルで起こっていること説明に、人間がこの世界を認識するさいに用いる脳の機能として「Xシステム」と「Cシステム」という神経科学的概念を援用します。


Beugréによれば、脳神経機能におけるXシステムは、並列処理、記号以下レベル、パターンマッチングなどのシステムで、そこから人間の連続した意識経験が生み出されるようなシステムとして考えられています。Xシステムは、扁桃体大脳基底核、前帯状皮質、外側側頭葉、腹内前頭前野といった脳の部位を含みます。特徴としては、遅い学習、素早い処理、双方向、並立処理的な構造です。例えば、扁桃体は、態度、ステレオタイプ、人認識、感情などと関連していることが知られています。Xシステムが作動している場合の認知活動は、自動的で努力を必要としない種類のものです。Xシステムには、公正と何か、不公正とは何かのプロトタイプが備わっており、それらをパターン認識によって瞬時に判断するような働きをもたらすと考えられます。


Cシステムは、記号論理を用いて意識的な思考を行うような機能です。Cシステムには、外側前頭全野、後頭頂葉、内側前頭前皮質、吻側前帯状皮質、海馬、内側側頭葉などを含みます。Cシステムの特徴としては、迅速な学習、遅い処理、記号的、命題的構造です。Cシステムは規則的な分析を可能にし、Xシステムにプロトタイプを移送したりすることでXシステムを調節する働きも担います。Xシステムで処理できないようなものはCシステムに送られるというプロセスも生じます。また、適応や思考創出等を通じて経験からの学習を可能にします。前帯状皮質は、XシステムとCシステムを結ぶ役割をしていると考えられています。


上記に基づいた組織的公正の神経系モデルでは、まず公正感や不公正感を喚起させるようなイベントが生じると、それが、人間の脳におけるXシステムやCシステムといった特定の部位の活動を活発化させると考えます。もし、そのイベントが見慣れたわかりやすい状況であれば、Xシステムで公正・不公正のプロトタイプとのパターンマッチングが行われて瞬時に処理され、そのイベントが見慣れないために瞬時に判断できないような状況であれば、Cシステムに送られて、より意識的な認知活動がなされます。


それにより、感情喚起型神経パスと、認知思考喚起型神経パスを通って、公正・不公正の判断が行われ、それに対する反応につながります。感情喚起型神経パスを通過すると、例えば不公平なイベントを目の当たりにして即座に怒りや恨みといった感情的反応が起こります。認知思考喚起バスを通過する場合は、より冷静なかたちでの公正判断がなされます。もちろん、感情喚起と認知思考喚起は片方のみが起こるというわけではなく、公正判断につながる際には相互作用も生じます。どちらのパスが優先されるかによって感情面、認知面での強弱があるわけですが、一般的には、公正判断というのは、「感情による色のついた認識」だと考えられるとBeugréは言います。


組織的公正の神経系モデルは、神経科学的証拠によってフェアネス(公正)概念が人間の心に備わったものであることを示すもので、人間は生まれつきフェアかアンフェアかを気にかける存在であることを示唆するものです。ですから、職場においても、働く人々はフェアネスを意識し、フェアであるということは人々にとっては喜びをもたらす報酬であり、不公平であることは「人間として生理的に受け付けない」といえます。また、私たち人間は、他者が公正、不公正に対峙したときにどのような気持ちになり、どのように反応するのかを察することができるような能力を生得的に得ている可能性も示唆されます。Beugréは、これを指して心の公正理論 (fairness theory of mind)と呼びます。こういった人間の特徴をわきまえて、フェア・マネジメントが実践されるべきだと言えましょう。

文献

Beugré, C. D. (2009). Exploring the neural basis of fairness: A model of neuro-organizational justice. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 110(2), 129-139.