組織アイデンティティ喪失の危機をどう乗り越えるか

「私たちの組織はいったい何者か」という基本的な問いの答えでもある組織アイデンティティは、通常、「組織メンバーが自分たちの組織に対して知覚している、中心的、持続的、独自的(central, enduring and distinctive)な属性」(Albert & Whetten, 1985)というかたちで定義されます。しかし、ここで定義されている「持続性」については少し注意が必要かもしれません。というのも、Howard-Grenville, Metzger,& Meyer, (2013)などの研究者は、組織アイデンティティが、何の努力もなく半ば自動的に持続していくものではないだろうと考えているからです。


Howard-Grenvilleらは、米国のあるコミュニティの事例研究を通じて、組織アイデンティティが喪失された場合に、メンバーがどのようにして組織アイデンティティを蘇生、再生できるのかについてのプロセスモデルを構築しました。彼らの考えは、組織アイデンティティというのは、努力しないと持続せず、持続の努力を怠れば、アイデンティティ喪失の危機に陥るというものです。これは、主に、リーダーによる組織アイデンティティを持続させようとする働きが弱まることで引き起こされると考えられます。


組織アイデンティティの形成や維持の鍵を握るのが、主にリーダーによるトップダウンプロセスとメンバーによるボトムアッププロセスの相互作用です。リーダーは、自分の組織はこうあるべきだというようなアイデンティティ主張(identity claim)をトップダウンで行い、メンバーは、それを理解して組織アイデンティティの相互了解をボトムアップ的に社会構成する「アイデンティティ理解」(identity claim)というプロセスを繰り返します。この「アイデンティティ主張」と「アイデンティティ理解」がともに重要度を低下させるならば、組織アイデンティティは喪失していくと考えるのです。


では、組織アイデンティティが喪失の危機に陥った時にはどうすればよいのでしょうか。鍵となるのは、組織として、あるいはメンバーがボトムアップ的に継続している経験(ongoing experience)と感情(emotion)です。Howard-Grenvilleらが帰納的に構築したモデルでは、まずリーダーは、お金や人的資源、物的資源など諸々の有形資源を武器として勇敢に用いて、メンバーの組織アイデンティティを喚起しようとします。それと同時に、リーダーは、組織に特有の象徴(シンボル)や、組織内の関係性といった無形の資源にも気を払い、これらの有形、無形の資源をうまくメンバーによる継続的経験の流れにとりいれて、調和・統合された経験(orchestrated experience)を生み出そうとします。メンバーは、この調和・統合された経験を通じて、組織アイデンティティの確認(authentification)を行います。


組織アイデンティティの確認は、メンバーが、特定の感情を喚起するような過去の経験やシンボルと、調和・統合された経験を照合し、組織として自分たちはいったい何者なのかを再び思い出す(再確認する)ようなプロセスです。これが、喪失しそうな組織アイデンティティを蘇生・再生させる鍵となります。組織アイデンティティの確認によって自分自身を取り戻した組織は、お金や人的資源、物的資源などの有形資源をより獲得しようとし、かつ、シンボルや関係性などの無形資源も再生しようとします。そして、リーダーがそれを再び、武器として組織アイデンティティの喚起とさらなる調和・統合的経験を喚起させ、組織アイデンティティの確認が起こるというプロセスを繰り返すとことにより、組織アイデンティティが復活していくと考えるのです。

文献

Howard-Grenville, J., Metzger, M., & Meyer, A. 2013. Rekindling the flame: Processes of identity resurrection. Academy of Management Journal, 56, 113–136.