大企業病を打ち破る「複雑系リーダーシップ」2

前回のエントリーで、企業は創業期には生物のような野生の勘や生命力をもって探索、学習、成長、変化、進化を志向していたはずなのに、いつしか、機械のように安定、管理、秩序、持続、保守、現状維持を志向するようになり、それが大企業病につながることを指摘しました。これはある意味、組織が成長して成熟し、老化し、やがて死に至るというライフサイクルの視点からも自然なプロセスかもしれないのですが、両利きの経営を提唱する論者は、企業が長期的に繁栄し続けるためには攻めと守りの二刀流が必要だと主張し、それを言い換えるならば、長期に反映する組織は、生物のような生命力、創造力、変化力と、機械のような安定性や秩序の両方の特徴を兼ねそろえていることが必要だということを指摘しました。そして、それを実現するために必要なのが、組織内に複雑系の場を生成させる「複雑系リーダーシップ」だと論じました。今回は、この複雑系リーダーシップの理解を深めていきましょう。

 

Uhl-Bienら(Uhl-Bien & Marion, 2009; Uhl-Bien & Arena, 2017)は、組織マネジメントのためのリーダーシップを3つに分類します。1人が3役をこなす場合もあれば、別々のリーダーが別々の役割を担うという場合もあります。1つ目は、オペレーション型リーダーシップで、これは守りのリーダーシップです。組織の公式構造を用いて安定的なアウトプットが出せるように管理するようなリーダーシップです。2つ目は、アントレプレナー型リーダーシップで、これは創業時のように創造性を発揮して新しい試みを次々と実験してイノベーションにつなげようとするリーダーシップです。この2つのリーダーシップは特徴としてはある意味両極端なのですが、この間のインターフェースを果たす3つ目のリーダーシップがあり、Uhl-Bienらは、イネーブラー型リーダーシップと命名しました。これが複雑系リーダーシップの中核的な要素で、組織内に複雑系の場を生み出し、そこからの創発を促すようなリーダーシップです。今回は、この3つ目のイネーブラー型リーダーシップに焦点を当てようと思います。

 

組織内に複雑系の場を生み出すイネーブラー型リーダーに求められるのは、まずもって複雑系思考力、すなわち、複雑系の特徴をよく理解し、それをマネジメントに応用できる思考力を有していることです。複雑系の特徴をよく理解しているからこそ、組織内に複雑系の場を醸成させて自己組織化を促し、複雑系の場にエネルギーを注入し、メンバーの相互作用から自然と湧き上がってくる創発の種を把握し、それをうまく大きくしていくといった、場のダイナミクスを読みながら創発の兆候を感じ取り、良い創発の増幅を助長するといったマネジメントが可能になります。次に、複雑系の場に近いものは組織内に多少なりとも自然発生しているはずなのですが、とりわけ大企業病に冒されていて組織内に複雑系の場そのものが消滅してしまっている場合には、その場をゼロから作り上げる能力が必要です。複雑系の場を作るためには、メンバー同士のインフォーマルなネットワークを構築することが大切です。そして、メンバー同士をつなぎ合わせたり、仲介したりするブローカーにリーダー自身がなると同時に、そのようなブローカーを発掘して支援することも必要でしょう。

 

イネーブラー型リーダーは、組織内のインフォーマルなメンバー間のネットワークが複雑系としての場を形成し、それが自己組織化や創発を生み出すことを理解していますが、さらに、そのような場を活性化させるためのエネルギー注入を行う能力が必要です。複雑系の場においてメンバー同士が持続的かつ積極的に相互交流、相互作用を行い、十分な情報が場に流れることで次々と創発現象が現れるよう、カタリストとしての役割を担うことが大切です。複雑系の場を活性化させるために揺さぶりをかけるようなスキルも求められます。例えば、異なるタイプのメンバー間のコンフリクトをあえて誘発したりすることで、混沌と秩序の中間のような状態を生み出します。これが一つの場のエネルギーになっていきます。違いに着目させることでコンフリクトを誘発するだけでなく、両者の共通点にも着目させてつなぎあわせるスキルも必要です。また、変化を促すための圧力をかけることも必要でしょう。

 

複雑系の場のマネジメントでは、インフォーマルなネットワークでつながったメンバー同士が継続的かつ積極的に相互作用を行うよう促し、違いと共通点の両方を強調することで秩序と無秩序の間のような状態を生み出したり、自然と湧き上がってくる創発性を感じつつもそれを増幅させようとしたり、メンバーに自由に動いてもらいつつも、場全体をうまく操るといったように、一見すると相矛盾する逆説的な行動を行うことが必要になってきます。これは、場に揺さぶりをかけることでエネルギーを生み出すために必要なことです。また、重要なことは、創業時のようなエネルギーに溢れたアントレプレナー型リーダーシップによる触発をうまく複雑系の場に持ち込みつつも、複雑系の場で生まれてくる創造性やイノベーションの種をうまくオペレーション型リーダーにリレーすることで事業としての形を作っていくように、アントレプレナー型リーダーとオペレーション型リーダーの両方を理解し、両方ともうまく付き合える、あるいは自分自身が状況に応じてそのような役割を担うということも求められます。

 

このように、複雑系リーダーシップの中核的な役割を担うイネーブラー型リーダーシップは、これまでのリーダーシップ理論ではあまり脚光を浴びてこなかったにもかかわらず、重要なリーダーシップであることが分かると思います。とりわけパラドクシカルな思考や行動が求められる分、難易度も高いのですが、大企業病を打ち破って両利きの経営を実現するためには欠かせないリーダーシップだと言えましょう。

参考文献

Uhl-Bien, M., & Marion, R. (2009). Complexity leadership in bureaucratic forms of organizing: A meso model. The Leadership Quarterly, 20(4), 631-650.

 

Uhl-Bien, M., & Arena, M. (2017). Complexity leadership: enabling people and organizations for adaptability. Organizational dynamics.