経営理論を学んで最高の人生を実現する

経営学は主に会社経営に関する研究分野なのですが、ハーバードビジネススクールで経営戦略を中心に教鞭をとり、自らも「イノベーションのジレンマ」理論によって経営学に多大な貢献をしているクリステンセン(2012)は、経営学を学ぶことで、幸福な人生を送るための多くのヒントを得ることができることを示唆します。人生においては、結婚、家族、仕事などにおいて、過去の事例や経験などを通してではどれが正しいのか判断できない状況が多々あります。そんなときに「理論」が役立つのだとクリステンセンは言います。つまり、世界中の組織によって徹底的に検証、活用されてきた基礎理論は、何かを経験する前に、これから起こることを説明してくれるため、私たちの人生における日々の決定にも指針を与えてくれるというのです。


その例の1つとしてクリステンセンが最初に紹介しているのが「動機付け理論」です。特に、「動機付け要因」と「衛生要因」を区別するハーズバーグの2要因説は、私たちが仕事において「金銭をもたらすもの」と「幸せをもたらすもの」の違いをあっけなく見失ってしまうことを示すといいます。例えば、多くの人たちが、金銭、ステータス、報酬、職の安定といった「衛生要因」を満たすために全力で仕事に打ち込み、それを実現しているにも関わらず、仕事を愛せず、家族との絆も断ち切れ、不幸になっていく人がいるというのです。ですから、クリステンセンは、「この仕事は自分にとって意味があるだろうか」「成長する機会を与えてくれるだろうか」「何か新しいことを学べるだろうか」「だれかに評価され、何かを成し遂げる機会を与えてくれるだろうか」「責任を任されるだろうか」ということについて考える必要性を示唆します。そういったものが、本当の意味で私たちを動機づけるものであり、幸福な人生につながるものだというわけです。


次の例として挙がっているのが、戦略論における「創発的戦略と意図的戦略のバランス」です。戦略には、物事を前もって予見し、それに基づいて意図的に計画してそれを実現していこうとする「意図的戦略」と、予期せざる問題を解決するうちに下す日々のさまざまな決定が凝縮したものとして形成される「創発的戦略」があります。戦略は必ずといってよいのど、予期された機会と予期されない機会が組み合わさって生まれます。企業が成功できるかどうかは、はじめは有効な戦略を見つけるのが難しくても、有効な手法を見つけるまで試行錯誤できるかどうかにかかっているといいます。クリステンセンは自分のキャリアの舵取りにおいても同じようなことがいえることを示唆します。


実際、私たちの人生やキャリアでは、ひっきりなしに現れる選択肢において、意識しようがしまいが、つねに意図的戦略か、創発的に現れる予期されない選択肢のどちらかを選びながら道を進んでいくといいます。どちらを選ぶべきかは、自分が道程のどこにいるかによって決まるのだというのです。例えば、本当に自分がやりたい仕事、愛せる仕事が見つからない場合には、外に出ていろんなものごとを試しながら、自分の能力と関心、優先事項が実を結びそうな分野を実をもって知るようにする。予期せざる機会に対して人生の窓を開け放つことによって、状況に応じてさまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整しつづける。これは創発的戦略といえます。そして、本当にやりたいことが見つかったら、創発的戦略から意図的戦略に移行するタイミングなのだとクリステンセンはいうのです。


また、戦略論における資源配分の方法の重要性も強調します。企業であれ人生であれ、実際の戦略は、時間や労力、お金といった限られた資源を何に費やすかという日々の無数の決定から生まれます。ですから、資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、それは戦略をまったく実行していないのと同じなのだというのです。そうならないためには、一瞬一瞬の時間の過ごし方や、労力とお金の費やし方に関わる一つひとつの決定をとおして、自分にとって本当に大切なのはおういうことだと公に宣言しているのだということを意識する必要があることをクリステンセンは指摘します。自分の人生における優先事項を確立し、その優先事項に沿った方法で資源を配分することに心を砕かなくてはならないのです。つまり、自分が心から実行したいと思う戦略を実際に実行しているかどうかを確かめるためには、自分の資源が流れている場所、資源配分プロセスに目を配ることが大切なのだというのです。