伝説のサービスを生み出すために人材リスクマネジメントを行おう

「ビジネスパートナー」というのが人事部に求められる役割の1つになりつつあります。現代においては、人事部はもはや労務管理のみを行う部署ではありません。企業のビジネスそのものの業績向上にインパクトを与える部門であるべきだという意味です。そのために人事部は、人材を通じてビジネスのパフォーマンスを向上させるための様々な分析ツールを用意しておく必要があります。今回は、Boudreau (2010)によって紹介されている、リスク分析の考え方を解説します。Boudreauが具体的なケースとして用いているのが、マクドナルドとスターバックスにおける店員の仕事です。


マクドナルドの店員も、スターバックスの店員も、ジョブ・カテゴリーとしては類似した仕事になります。両者とも、顧客に対面し、オーダーをとり、料金を徴収し、品物を渡し、チームワークを保ちながら、その他、店舗維持のためのこまごまとした仕事を行うといった感じです。しかし、当然のことながらマクドナルドとスターバックスは異なる顧客サービスの仕方で勝負をしています。よって、そこで働く人材の要件は異なり、その人材や仕事ぶりに対するリスク許容度も異なります。


マクドナルドが顧客サービスで重視するのが、正確性、均質性、スピードです。ファストフードにお客さんが求めているのもそこだからです。その要素を徹底的に強くするために、マクドナルドではまず店員がオーダーを間違えたりしないよう、マニュアル化やシステム化を徹底しています。店員はそういったマニュアルやシステムに従うことが最優先されます。そうすることにより、正確性、均質性、スピードに支障がでるリスクを徹底的に排除しようとしているのです。つまり、マクドナルドの店員の人材マネジメントは、リスク回避型です。そのために、店員の採用や教育も、均質的な人材をそろえることを目標にするでしょう。


ここで重要なのは、リスクというのは「変動」を意味するので、必ずしも悪いことばかりじゃないということです。リスクは上にも下にも振れるわけですから、お客さんが怒り心頭に達するような事態を招く「リスク」もあれば、良い意味で期待を裏切られるような素晴らしいサービスがもたらされるという「リスク」もあるのです。マクドナルドの場合、下振れリスクを徹底的に抑えることにより、必然的に上振れリスクも消去しています。つまり、マクドナルドでは、お客さんの感動を呼ぶ伝説のサービスは生まれにくいということです。


この逆を行くのがスターバックスです。スターバックスの場合、お客さんが店舗で体験する「伝説的なサービス」を強みにして、ブランド力を高めているといえます。スターバックスがテレビCMなどをいっさい打たないのにこれだけブランド力があるのは、お客さんが店舗で体験した素晴らしいサービス、そこでの感動体験が口コミで伝わったりすることによる効果が大きいと考えられるでしょう。しかし、このようなサービスは常に生み出されるとは限りません。むしろめったにしか生まれないのだが、それがあまりにも感動的で素晴らしかったりするので「伝説」になってしまうということでしょう。このように、ごく稀にしか生じないが、お客さんをいたく感動させるようなサービスが、スターバックスの強みとなっているのだと考えられます。


まさにこれは、スターバックスが、上振れリスクを顕在化させるような人材マネジメントを行っているからだといえます。具体的に言えば、店舗における顧客サービスの多くが、マニュアルに頼らず、店員自身の判断やアドリブに任されているという点です。店員一人ひとりが、スターバックスの経営理念に照らし合わせ、自分で正しいと信じることを実践することを奨励しているのです。また、お客さんの期待をはるかに超えるような伝説のサービスや感動を生み出すためには、そういったポテンシャルを持った人材を採用し、教育する必要もあります。例えば、均質的な人材ではなく、多様でユニークな人を含む店員をそろえ、マニュアルに頼らずに自分自身の判断でサービスさせようとするのがスターバックスの人材マネジメントだと考えられます。


しかし、ここで注意しなければならないのが、上振れリスクを作りだすということは、同様に下振れリスクも作りだしてしまうということです。マニュアルに頼らず、店員の判断やアドリブに任せるということは、本人がよかれと思ってやったことが逆にお客さんを怒らせてしまったりする可能性もなきにしもあらずなのです。また、厳格なマニュアル化やシステム化が進んでいなければ、間違えて商品を渡してしまったりするリスクも増えるでしょう。しかし、スターバックスマクドナルドのように、正確性、均質性、スピードで勝負しているわけではないので、こういった下振れリスクを許容しようとしているのです。つまり、スターバックスの強みを出すための上振れリスクを作りだすために、あえて下振れのリスクを許容しているということです。


このマクドナルドとスターバックスのケースは、両社のどちらが優れているかを論じるものではありません。ポイントは、自社のビジネスにおいてどの部分で勝負をするのかをはっきりさせ、その方針に沿ったかたちで人材に絡むリスクをコントロールすることが重要だということです。マクドナルドの場合は、リスクを作りださないことによる均質的なサービスで顧客満足を勝ち取り、競争力を維持しようとしているのに対し、スターバックスは、あえてリスクを取ることによって、顧客の期待をはるかに超えた感動的なサービスが生み出される余地を作り、それが顕在化されることによって競争力を高めようとしているのだといえましょう。