「勇気」を通して職業人としてのアイデンティティを鍛える

2013年に「半沢直樹」というドラマが大ヒットしました。「倍返し」という言葉も流行しました。大ヒットの理由は、主人公の半沢直樹が、銀行という組織で起こる様々な理不尽な辞退に敢然と立ち向かった姿に「勇気」をもらった人が多かったからではないでしょうか。つまり、半沢直樹は勇気ある銀行員であり、このドラマのテーマの1つが「勇気」だということです。では、組織行動論において「勇気」はどのような役割を果たすのでしょうか。ここでは、職場における「勇気」が職業人としてのアイデンティティを鍛える役割に注目し、丹念な調査によってモデルを構築したKoerner (2013)の研究を紹介します。


まず、仕事や職場における「勇気ある行動」とはどのような状況を指すのかを確認しておきましょう。職場における勇気ある行動は、3つの要素で成り立つます。それらは、「人道的・道徳的に正しい目標の追求」「意識的に行う行動」「危険、脅威、障害のある状況」です。つまり、自分の地位や雇用状態を脅かすといった危険や脅威や障害のある状況下であるにもかかわらず、正しいと思うことを自分の意志で行うことが「勇気ある行動」だといえるのです。そして、こういった勇気ある行動が、本人たちの職業人としてのアイデンティティを鍛える役割を担うのではないかとKoernerは考えたのです。


それは何故かというと、勇気ある行動が必要な状況は、本人の職業人としてのアイデンティティが揺らいでいる状態だからです。例えば、自分が正しいとは思えないことを上から命令されたりする。人間として許せないと思うことを会社内で目撃する。もしそれに従ったり見てみぬふりをすれば、職業人として自分がこうあるべきと思っている姿を貫くことができず、現実に負けてしまう。職業人として正しいと思っていることができず、理不尽なことを受入れてしまうかもしれない。つまり、理想の自分とは違う自分になろうとしてている。勇気ある行動がなければ、アイデンティティの理想と現実のギャップにはさまれてしまうという状況です。


このように、特定の状況が生じて職業人としてのアイデンティティが揺らげば、本人は自己矛盾の感覚や、不安、ストレスなどを感じることでしょう。そこで「勇気」との兼ね合いにおいて、自分自身を見つめ直すというステージ(アイデンティティ・ワーク = アイデンティティを再確認したり修正したり強化するプロセス)が起こるとKoernerは論じます。このステージでは、状況や自己矛盾の問題にどこかで果敢に立ち向かうかの度合いによって4つのアイデンティティ・ワークがあるといいます。


勇気に絡むアイデンティティ・ワークのうち、もっとも消極的なオプションとしては「耐え忍ぶ」というのがあります。その状況が改善・解消するまで、自己矛盾に耐えるということです。それよりも積極的なオプションとしては「自分の非を認めて反応する」というのがあります。例えば、理不尽さに屈する弱い自分であることを認め、それを改善しようと努力するようなことです。さらに積極的なオプションは「立ち向かう」というものです。自分が理想としている姿を貫くために理不尽な事態などの現実に立ち向かうということです。そしてもっとも積極的なオプションが「新たな自分の構築」です。これは、危険を冒してでもチャンスを追い求め、より理想的な姿に近づいていこうとする行為です。これら以外として、諸々の事情により勇気をだせないというオプションもあります。以上の異なるオプションは、勇気ある行動の度合いと言い換えてもいいかもしれません。


これらの「勇気ある行動」が実現すると、ポジティブな気持ちになれるのと同時に、職業人としてのアイデンティティの揺らぎが解消されたり、アイデンティティが強化されたり洗練されたり鍛えられたりするとKoernerは論じます。より勇気ある行動が、より理想とする自分の職業アイデンティティを強化することでしょう。職業人としての「私とは何か」について、自分の信じること、正しいと思うこと、自分がこうありたいと思う理想の姿、こういったものを貫き、アイデンティティの揺らぎにある意味屈しなかったことの意義は大きいといえましょう。

参考文献

Koerner, M. (2013). Courage as identity work: Accounts of workplace courage. Academy of Management Journal, 57, 63-93