プロフェッショナルが行っている「アイデンティティ・カスタマイゼーション」とは何か

仕事をする人々にとって「私は何者であるか」を意味する「職業アイデンティティ」は重要です。とりわけ、医師、法律家、会計士、デザイナーなどのプロフェショナルとか職業人と呼ばれる人にとって、職業アイデンティティは、職業人としての誇りや使命感、倫理感などを形成する核となるので非常に重要です。しかし、彼らが、いかなるプロセスで、職業人としてのアイデンティティを形成していくかについての理解はまだ十分に進んでいません。このことを鑑み、Pratt, Rockmann & Kaufmann (2006)は、6年をかけて病院の研修医の仕事とアイデンティティ形成に関わる追跡調査を行い、彼らが職業アイデンティティを形成していくプロセスで「アイデンティティ・カスタマイゼーション」なるものを行っていることを発見しました。では、アイデンティティ・カスタマイゼーションとはいったい何なのでしょうか。


Prattらが調査結果に基づいて構築したモデルによれば、仕事を始めたばかりのプロフェッショナルは、仕事そのものの学習と、アイデンティティそのものに関する学習の両方を同時に行っていきます。研修医で言えば、まず大学の医学部で医者となるための基礎を身につけたのちに研修医として病院で働き、実地訓練によって仕事を習いつつ、職業アイデンティティも形成していくわけです。しかしここで多くの場合「私は何者なのか(例、外科医、放射線技師、一般医師)」と、「私は実際何をしているのか(例、患者の世話、手術、事務処理、会議、雑務)」を吟味したところ、どうもズレがあると感じ、違和感を感じるようになります。Prattらは、これを「仕事上のアイデンティティ統合妨害」と呼びます。つまり、私は何者か(=職業人アイデンティティ)と、私は何をしているのか(=その職業人として行うべきこと)がずれているため、職業アイデンティティを確立するうえでの障害となるわけです。


そこで、このアイデンティティ統合妨害を克服するために職業人が行っていることとしてPrattらが発見したのが「アイデンティティ・カスタマイゼーション」なのです。アイデンティティ・カスタマイゼーションとは、とりあえず形成した「職業アイデンティティ」をカスタマイズし、より仕事の実態(実際にやっていること)と整合性がとれるように修正し、変化させていくことを指します。つまり、自分は何者であるかという職業アイデンティティを修正し、変化させていく試みです。例えば、医学部を出たての研修医の場合「医者というものはこういう職業だ」というイメージを持っており、それに基づき自分の職業アイデンティティを形成しようとしますが、実際に研修医として働くうちに「自分が実際にやっていることは、どうも自分が描いていた医者のイメージと違うな」ということを感じ始め、それが、最初に描いた職業アイデンティティを修正する「カスタマイゼーション」につながっていくというわけです。


Prattによれば、どのようなアイデンティティ・カスタマイゼーションが起こるかは、当該職業人が置かれている状況によって異なってきます。例えば、自分がやっている仕事の自律性(自由度)が高い場合、仕事の内容ややり方を変えてみる(ジョブ・クラフティング)を行うことを重視して、アイデンティティ統合妨害をなくし、アイデンティティと実際の仕事の統合を図っていくことでしょう。一方、仕事の自律性が低く、自分で仕事のやり方を修正したりできない場合には、自分の職業アイデンティティの修正のほうをより重要視して、アイデンティティと実際の仕事との統合を図っていくことでしょう。Prattらの研修医の調査では、研修医が任されて行う仕事は、一般的には彼らが自由にやり方を変えたりできるようなものではなく、自律性が低いものとして報告されています。


また、アイデンティティ統合妨害の度合いが非常に大きい場合と、小さい場合とでは、アイデンティティ・カスタマイゼーションの種類も異なってきます。統合妨害が小さい場合には「アイデンティティ充実(エンリッチメント)」がなされます。これ入ってみれば、アイデンティティを微修正してより良いものに昇華させようとする試みです。一方、統合妨害が大きい場合には、「アイデンティティ・パッチング(つぎはぎ・補修)」もしくは「アイデンティティ・スプリンティング(副木固定)」が行われます。統合妨害が起こるまでにかなり強力な職業アイデンティティが形成されている場合(例、外科の研修医)は、もともと形成したアイデンティティとあわない部分を別のアイデンティティ要素によって補修(パッチング)し、アイデンティティを確立していきます。一方、統合障害が起こる前のアイデンティティがそれほど確立されていない場合(例、放射線技師)の場合、そもそも、何をすべきかという知識がまだ明確でないため、以前に学んだ職業アイデンティティを副木のようにして、実際に何をしているのかを参照しながら、自分自身の職業アイデンティティを形成していきます。


Prattらによれば、上記で挙げた3つのアイデンティティ・カスタマイゼーション(アイデンティティ・エンリッチメント、アイデンティティ・パッチング、アイデンティティ・スプリンティング)は、1人の職業人が、仕事上の成長段階に応じて順番に使い分けていくものであることも示唆しています。例えば、職業人としての駆け出しで、まだ仕事としてどんなことをやっていくのかについての知識が少なく、かつ、職業人としてのアイデンティティが未形成の状態の場合、主に「アイデンティティ・スプリンティング」によって統合妨害を克服し、自分自身の職業アイデンティティをカスタマイズしていくことでしょう。同様に、プロフェッショナルが自分自身の職業範囲を超えた「越境」を行い(例、大学教授から作家や評論家へ)、これまでとはやや異なる種類のプロフェッショナルとして活動しはじめる場合にも同様のカスタマイゼーションが起こることでしょう。職業アイデンティティがある程度確立し、成熟してきた段階においては、大きな統合妨害が起こる場合(例、同一職業で外資系から国内企業に転職するなど)には「アイデンティティ・パッチング」によって、職業アイデンティティの補修を行うことでしょう。統合障害が小さい時に行う「アイデンティティ・エンリッチメント」は、職業人としての後期により多くの頻度で生じることでしょう。


Prattらのモデルでは、プロフェッショナル(職業人)は、仕事そのものの学習と、自分自身の職業アイデンティティ形成のための学習を同時に循環させ、ところどころで、職業アイデンティティ(自分は何者か)と、実際の仕事(自分は何をしているのか)のチェックを行い、そこにアイデンティティ統合妨害を見出した場合、「アイデンティティ・カスタマイゼーション」を行い、その結果、仕事でのフィードバックや人々の見方を参照することで、自分が形成しつつある職業アイデンティティが適切なものであるかどうかをチェックする(社会的妥当性検証)というプロセスを繰り返しながら、プロフェッショナルとして成熟していくものとして描かれています。このようなプロセスを通じて、プロフェッショナルの職業人生というのは、職業アイデンティティを形成し、状況に応じて変化させていくというプロセスを伴うのだと言えましょう。


また、Prattらは、多くの場合、医者のようなプロフェッショナルに生じる「アイデンティティ・カスタマイゼーション」は、「マス・カスタマイゼーション」に近いものではないかということも示唆しています。「マス・カスタマイゼーション」とは製造業において大量生産と受注生産を組み合わせたようなもので、工場でいったん大量生産した製品を出荷したのち、ユーザー側で必要に応じて製品をカスタマイズすることを指します。医者の世界に例えばいうならば、医学部というのは、ある決まった形の技術や知識を教え込み、同じような「職業アイデンティティ」をもった研修医を大量生産することになります。そして、それぞれの研修医は、実際に病院で仕事を始めてから、それぞれの置かれた状況(病院の違い、専門の違いなど)に応じて、自分自身のアイデンティティをカスタマイズして、もっとも自分のニーズにあったものにしていくというわけです。

文献

Pratt, M. G., Rockmann, K. W., & Kaufmann, J. B. (2006). Constructing professional identity: The role of work and identity learning cycles in the customization of identity among medical residents. Academy of management journal, 49(2), 235-262.