ジェンダー平等への圧力を阻む日本企業の職種間力学

社会においてジェンダー平等を実現していくことは今や世界の常識となっています。例えば、SDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)では、「5: ジェンダー平等を実現しよう」が謳われています。しかし、日本の企業社会におけるジェンダー平等は現在でも遅々として進んでいないと言えるのではないでしょうか。控えめに言っても、「亀のように遅い進展」と言ったところでしょう。日本の企業社会はいまだに男性優位であり、女性の活躍機会は制限されています。ではなぜ、日本では、世界の潮流であるジェンダー平等がスピーディに進んでいかないのでしょうか。この点に関して、MunとJung(2018)は、日本国内での企業行動が、ジェンダー平等の実現という世界の潮流や外部からの圧力に従うか従わないかという単純な構造になっているではなく、日本企業の内部に存在する異なる職種集団間の力学もしくは駆け引きが関係していることを論じ、2001年から2009年の企業データを用いてそれを実証しました。

 

MunとJungは、日本国内の企業においてジェンダー平等が促進されるか否かに影響を与える外部圧力として外国人機関投資家の存在を想定し、企業内の内部力学を構成する社内の職種グループとして、CSR(企業の社会的責任)、HR(人事)、IR(インベスター・リレーション)の3つを挙げています。すなわち、ジェンダー平等の促進は、世界での潮流に沿ったジェンダー平等を実現するよう期待する外部圧力としての外国人機関投資家がどれくらい当該企業に影響をおよぼしうるかという要因に加え、企業内部のこの3つの職種集団間の内部力学が、実際に企業がジェンダー平等を推進する度合いを決めるというのです。とりわけ、企業内部でジェンダー平等を促進するのに重要な役割を担うのが、企業のCSR部門です。CSR部門の仕事は、ジェンダー平等を含む企業の社会的責任の遂行ですから、CSR部門が元気で影響力が強いほど社内の人事改革が進んでジェンダー平等は進むと思われます。しかし、以下に示すように、社内の内部力学はそんなに簡単なものではなく、いくら強力なCSR部門でも壁にぶち当たることになるのです。

 

さて、現在は「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の3要素を重視するESG投資がブームとなっていますが、MunとJungが研究していた当時も社会的責任投資(SRI:Socially Responsible Investment:社会的責任投資)はグローバルにおいて潮流になりつつあり、女性差別が一向に改善しない日本の企業社会でも、金融のグローバル化に伴って進出してきた外国人機関投資家が企業経営への影響力を高め、黒船のごとくジェンダー平等に対する圧力となっていたのは間違いないでしょう。また、世界的なCSR機運の高まりともに日本企業でもCSR担当職種が生み出され、彼らの仕事はまさにCSRを推進すること、その1つが、ジェンダー平等の推進だったわけです。そして彼らの理想は、企業内においてジェンダー平等に向けた動きが加速していくことです。しかし、このような考えは必ずしも日本企業の内部では正当性を得られなかったのだとMunとJungは論じます。なぜならば、日本企業を支えてきたのが、男性正社員を中心に据えた日本型雇用システムであったからです。

 

いくら世界でグローバル化が進んでいるとはいえ、人材面において日本の企業社会はまだまだ世界と切り離されています。そして、日本企業を支えてきた男性を中心とした安定雇用を旨とする日本的雇用システムを司ってきたのが人事部門です。いくらCSR部門がジェンダー平等の必要性を声高に叫んだとしても、人事部門が賛同して本気で取り組まなければそれは実現しないわけです。実際、人事部門はイエスとは言わなかったでしょう。なぜならば、高度成長を支え、企業を成功に導いてきた既存の雇用システムを変えることは、日本企業の競争力を失わせ、企業の経営力を弱めることになる恐れがあると考えがちだからです。当時の日本の株主も同じような考えでしょうから、必ずしも企業業績に直結するわけではないジェンダー平等を企業内で推進するための外部圧力とはならなかったのでしょう。このことから、日本企業でジェンダー平等が促進される条件は企業のCSR部門の勢いが強いことなのですが、いくらCSR部門の勢力が増しても、日本企業の雇用システムの中心に鎮座している人事部門に切り込むことは容易ではなく、かつ、日本の株主が中心の企業ではガバナンス的にもジェンダー平等の推進への正当性が得られにくいという企業力学が日本国内で支配的であったことが想像できると思います。

 

そこで、日本の企業に対してジェンダー平等への外部圧力として黒船の役割を果たすのが、SRI投資やESG投資を推進する外国人機関投資家ということになるわけです。ということは、ジェンダー平等の推進に向けて人事部門への切り込みができないCSR部門が手を組むべき相手は、外国人機関投資家と対峙する必要性があるIR部門ということになるわけです。IR部門は、投資家との対話によって自社の株主価値を支えていくことが主な仕事ですから、外国人機関投資家が多ければ多いほど、ジェンダー平等の推進をアピールすることによって投資家からの支持を獲得することの重要性は高まってきます。そして、IR部門の企業内での発言力、影響力が強く、IR部門からも経営に対するジェンダー平等への強い要請が行われれば、CSR部門としても自分達のジェンダー平等への取り組みの正当性が得られることになります。つまり、CSR部門とIR部門がタッグを組んで両部門の影響力が企業内で増大するならば、企業のジェンダー平等が進むと考えられるわけです。しかし、現状の雇用システムの大幅な変更には難色を示す人事部門の影響力は、それを阻止する方向の力として働くことになります。これらの外部圧力と企業内部の力学を総合的に勘案するならば、以下のような予想が成り立つとMunとJungは論じました。

 

まず、企業の株主に占める外国人機関投資家の割合が高まるほど、企業内のジェンダー平等を促進しようとする推進力がIR部門とCSR部門の影響力の高まりに応じて強化されます。その結果、外部的なインパクトが強く、外国人機関投資家に対しても最もアピールしやすい取締役や管理職層の女性活躍推進、具体的にいえば女性役員や女性管理職の登用が進むということです。まさにCSR部門とIR部門のタッグによって推進されるジェンダー平等です。しかしその一方で、難攻不落の人事部門と折り合いをつけるためには、一般社員のジェンダー平等には手をつけないという経営上の選択が求められるわけです。MunとJungは、2001年から2009年の企業データを用いてこの予想がデータでも示されることを実証的に示しました。これは、CSRの推進に関するグローバルな外圧に晒されるほど、企業としてはその外圧に従うことで正当性を獲得できる、すなわち株主や顧客などステークホルダーからの支持を獲得することができると考えられる一方で、企業内部においては別の正当性獲得プロセスが働いており、単純に外圧としてのCSRを実践しようとすることに対しては容易に正当性を獲得することができないということをMunとJungは示したわけです。

 

上記のような力学によって生じたジェンダー平等の推進に関する日本企業の行動を外部から観察するならば、どのような印象になるでしょうか。それは、世界の潮流としてのジェンダー平等への圧力に対しては、女性取締役や女性管理職の登用を少しばかり行うことによって、「当社も積極的にジェンダー平等を推進しています」ということを投資家やメディアなどに対してアピールすることで見た目を取り繕う一方で、本丸の一般社員の雇用システムには手をつけたくはない、あるいは手をつけないという、女性側からするとややガッカリさせられる行動として映るのではないでしょうか。しかしそれが、単純に日本企業が小賢しい行動を繰り返して世間を欺いているというのではなく、もっと複雑な力学が作用することで生じていることをMunとJungは示したのです。

参考文献

Mun, E., & Jung, J. (2018). Change above the glass ceiling: Corporate social responsibility and gender diversity in Japanese firms. Administrative Science Quarterly, 63(2), 409-440.