社長の「キャリアの幅」は企業の経営戦略にどのような影響を与えるか

企業とトップとして陣頭指揮をとる社長は、どのようなキャリアを歩んできたのでしょうか。Crossland, Zyung, Hiller, & Hambrick (2014)によれば、アメリカにおいて、第二次世界大戦を挟んだ数十年の間は、企業の社長(CEO)のほとんどが、特定の分野のスペシャリストとして同一の企業で内部昇進し、その後、経営全体を司る上級管理職に昇進し、その後、社長になるというキャリアを歩むというパターンでした。その後、企業規模の拡大や複雑化、技術革新、環境変化などによって社長がこなす業務が高度化、複雑化するにつれて、企業が外部から実績のある経営者を招へいするケースが増え、専門経営者というように、企業を渡りあるいて経営を担うような社長像も増えてきたといいます。日本においても、これまで社員から内部昇進で役員、社長となっていくケースが大半である中、LIXIL、ベネッセ、サントリー、ローソンなど、外部から実績のある社長を招へいする企業が出てきました。


このようなトレンドを見ると、世の中の企業の社長には、社長になるまでのキャリアの幅に個人差があることが伺えます。極端な例として、ある社長は、新卒からずっと同じ会社でしかも同じ分野で仕事をし、その後、役員や社長になるケースで、これはキャリアの幅が狭いケースです。対極の例として、別の社長は、若い時から様々な職種や分野を経験し、何度か転職をすることで勤める企業、業界も変わり、社長としての経営の実績を積みながら複数の企業を渡り歩くというケースがあり、これはキャリアの幅が広いケースです。世の中の社長はこの両極端のケースのどこかに位置しているでしょう。では、こういった社長の「キャリアの幅」の大小は、企業の経営戦略にどのような影響を与えるのでしょうか。


Crosslandらは、同じような大企業なのに、戦略に新機軸を打ち出したり、思い切った方向に経営の舵を切るような企業がある一方、まったくそのような動きを示さない企業があるのはなぜかという問いを発し、その答えとして、企業経営にもっとも影響力をもつ人物の1人として、社長の個人差に原因があるのではないかという仮説を提示しました。具体的には、社長の「キャリアの幅」の大小が、企業が経営戦略において新機軸を打ち出したり思いきった策を打つか否かに影響すると考えたのです。それはなぜでしょうか。まず、社長のキャリアの幅は、その社長の性格や行動特性を反映しているからだと考えられます。一般的に、キャリアの幅の広い社長というのは、変化を好み、いろんなことを試すのが好きな人なのだと想像がつきます。それがゆえに、職種を変え、会社を変え、業界を変えて仕事をしてきたのです。一方、キャリアの幅が狭い社長は、安定志向で漸進的変化を好む性格だと想像できます。同じフィールドでじっくりと実力と実績を積み重ねることを良しとする性格であるがゆえに、同じ会社、同じ職種でキャリアアップを実現してきたのでしょう。


したがって、キャリアの幅の広い社長のほうが、自社の経営戦略に新機軸を打ち出す可能性が高いと考えられます。そもそも性格的に新規性や変化、実験を好むということと、様々なキャリアを歩んできたゆえに異なる分野の経験や知識が豊富で、新規性の高い戦略を思いつきやすいからです。さらに、Crosslandらは、戦略そのもののみならず、キャリアの幅の広い社長の下でのトップマネジメントチームの変化や多様性も大きいと予想しました。キャリアの幅の広い社長は、自分のトップマネジメントチームにも変化を促進するので、役員の出入りが頻繁であったり、役員の年齢、性別、バックグラウンドなどの多様性が大きいと予想したのです。


Crosslandらは、上記のような予想を、アメリカのフォーチュン誌トップ250に属する企業の1999年から2005年に在籍していたCEOすべてにおいて、彼らの経歴を調べ、そこから「キャリアの幅」を測定し、CEOのキャリアの幅と、企業の経営戦略のダイナミズムおよび他社との差異性、そしてトップマネジメントチームの変化と多様性との関係について実証分析を行いました。分析の結果、Crosslandらの仮説はおおむね支持されました。すなわち、キャリアの幅の広いCEOが在籍していた企業ほど、企業全体の戦略上の資源配分が頻繁に変更され、経営の多角化が促進され、トップマネジメントチームの出入りも頻繁であることが分かったのです。


Crosslandによって、社長のキャリアの幅と経営戦略の新規性の関係についての証拠が得られたことにより、企業にとって「どういった人物を社長に据えるべきか」という問いに1つの指針を導くことが可能になります。それは、特定の企業において戦略的にマンネリに陥っており、変化が起こらず、経営の新機軸を打ち出せないような企業は、例えば、異業種から実績のある社長を招へいするなど、キャリアの幅の広い社長を据えることを積極的に検討すべきだということです。逆に、企業の戦略や形成方針が頻繁に変わるがゆえに、経営上の一貫性や安定性に不安があるような企業は、内部昇進によって生え抜きの人物を社長に据えるなど、キャリアの幅の狭い人物を社長にすることを検討すべきだということです。

参考文献

Crossland, C., Zyung, J., Hiller, N., & Hambrick, D. (2014). CEO Career Variety: Effects on Firm-level Strategic and Social Novelty. Academy of Management Journal, 652-674.