陰陽・老荘思想から学ぶ長期志向の企業経営

企業を経営することには、ゴーイング・コンサーン(継続性、持続性)を前提としています。つまり、企業の経営者は、企業が持続的に存続できるように経営をしていく必要があります。その際には、現在の利益を維持しつつも、将来の利益につながるような投資を行う、株主や従業員のみならず、社会の公器として様々な利害関係者(ステークホルダー)の便益を満たしていくなど、一見すると両立が難しい複数の要素を追求していく必要があります。このように、長期的視点に立った企業経営において、経営者が相対立する要素を同時追求していく為に役立つ考え方として、ZhangとHan (2019)は、陰陽思想や老荘思想を紹介し、それに基づいたトップマネジメント・リーダーシップのモデルを構築しました。以下、ZhangとHanの考え方に依拠しつつ、陰陽・老荘思想から学ぶ長期志向の企業経営について説明したいと思います。

 

まず、陰陽・老荘思想とは何か。今回のテーマに則した形でごく簡単に説明するならば、陰陽・老荘思想では、森羅万象は、陰と陽という相対立する要素の絶え間ないせめぎ合いというダイナミズムで成り立っているという考え方に基づいた思想を展開します。例えば、男と女、昼と夜、天と地というように、それらは合わさることで全体を構成しているので、不可分な関係です。どちらかが欠けるとか存在しないということはあり得ません。しかし、お互いに反対の関係にあるから、一方が強まると他方が弱まるという関係でもあります。ただし、陰陽・老荘思想では、ダイナミックな変化を重視しており、一方が強まりすぎて極に達すれば、トレンドが転換して他方が強まり始めるといったように陰と陽が循環して動き続けていると考えます。これが宇宙における森羅万象の法則性なのであれば、企業経営も、この考え方に沿うことで、無理なく、持続的に成長発展したり存続し続けたりすることができると考えられるのです。

 

ZhangとHanは、陰陽・老荘思想の考え方を応用し、経営者が長期的視点に立った企業経営においてやりくりしなければならない最も根本的な対立軸として、時間軸(現在と未来)と、環境軸(組織と環境)を特定しました。時間軸では、企業は現在求められる様々な要求(例、短期的利益の確保、株主への還元)と、将来求められる様々な要求(例、将来の利益を生み出すための事業投資)という対立する関係をやりくりする必要があるということです。現在(及び過去)と未来は、両方あってこそ時間全体が成立するので、どちらか一方のみというわけにはいきません。そして、現在を重視すれば未来が犠牲になる、未来を重視すれば現在が犠牲になる、あるいは安定性や現状維持を重視すれば、将来必要なイノベーションや変化を実現できないという点で、陰と陽に対応します。陰は、「守り、安定、着実、保守」、陽は、「攻め、変化、冒険、革新」といった感じです。

 

環境軸では、自分の組織と環境との関係のやりくりが問題となります。組織と環境も、両方あって全体を構成しているので、どちらか一方のみを考えれば良いというわけにはいきません。株主や従業員といった組織の内部関係者の利益のみを追求すれば、自社を取り囲む業界、産業、さらには広く地域社会への配慮や貢献を欠くことになりかねませんし、社会貢献や環境保護など外部環境の利益ばかりを追求しては、自社の利益も出せませんし、従業員を幸福にすることができません。両方を追求する必要があるのです。また、企業と環境との関係においては、環境という大きな力に従うことも大切である一方、環境に積極的に働きかけることで、環境を良いものに変えていくといったプロアクティビティも必要です。これも、陰陽・老荘思想における陰と陽に対応することが可能です。陰は、企業を取り囲む幅広いステークホルダーで、産業社会全体を育む大地のようなもの。一方、陽は、企業自身が発展しようとする意志で、自己利益追求のエネルギー源とも言えましょう。

 

上記のように、ZhangとHanは、時間軸における2要素(現在と未来、安定と変化)と、組織と環境といった環境軸における2要素(内部利害関係者と外部利害関係者、従属と働きかけ)という4要素を基本とする、リーダーシップ行動のモデルを考案しました。陰陽・老荘思想の考え方を適用するならば、企業の経営者が長期的視点から企業経営を実践する際には、上記4つのお互いに対立する要素を陰陽の循環的な動きで捉え、動きながらバランスを取るということが望ましい経営ということになります。例えば、現在の利益を確保しつつも、将来の利益のための投資を行う。ただし、この2つは対立しており、現在の利益を確保しすぎると将来への投資が細ってしまうし、将来への投資を増加しすぎると現在の利益がなくなってしまう。よって、常に両方を睨みながら動く。そして、どちらかが強すぎて極まってしまう場合には、反対の要素に力を注ぐことを示すサインであると捉え、立場を逆転させる、といったような企業経営が行われることになります。

 

ZhangとHanは、独自に構築した企業のトップマネジメントのリーダーシップモデル(paradoxical leader behavior in long-term corporate development: PLB-CD)の測定尺度を用いた実証研究を中国で行い、長期的視点に立つCEOほど、PLB-CDを行うこと、そして、PLB-CDを行うCEOがいる企業ほど、R&D投資が多く、マーケットシェアが高く、企業の評判が良いことを実証的に示しました。ZhangとHanの研究は、陰陽・老荘思想とも馴染みが深い文化圏における東アジアのサンプルを用いた研究であるので、今後は、西洋においても陰陽・老荘思想と関連の深いリーダーシップ行動が企業の長期的持続性に良い効果を与えるのかの実証研究が期待されます。そういった研究が蓄積されていくならば、陰陽・老荘思想に基づくアジア発の企業経営理論が今後隆盛していくことも考えられます。

参考文献

Zhang, Y., & Han, Y. L. (2019). Paradoxical leader behavior in long-term corporate development: Antecedents and consequences. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 155, 42-54.