アテンション・ベースト・ビューとは何か(「選択的注意」が企業を動かす)

戦略論・組織論における「アテンション・ベースト・ビュー(The attention-based view of the firm)」とは、ウィリアム・オカシオが体系化した企業行動を説明するための理論であり、「限定された合理性」を基軸としたハーバート・サイモンやジェームズ・マーチらの企業の行動理論(The behavioral theory of the firm)の流れを汲む理論枠組みです。アテンション・ベースト・ビューのポイントを一言でいえば、企業内で、何に対してどのように注意を向けるかが、企業内の意思決定ひいては企業行動を左右する」というものです。この考え方は、サイモンによる『経営行動』の時代から存在するのですが、オカシオは、Strategic Management Journal(Ocasio, 1997)において、より体系的な理論枠組みとして再構成したのです。


アテンション・ベースト・ビューが、「注意」の視点から企業行動を説明するための理論であるといいましたが、もう少し詳しく説明しましょう。企業にとって、環境変化に適応していくことが重要であるわけですが、企業が、いつ、どのような形で環境変化に対応したアクションを起こすのかは、その企業が、環境のどのような面に注意を向けるのか、とりわけ、どのような課題、どのような対処法(ソリューションや答え)に注意を向けるのかに左右されるのだというのです。企業は、客観的な環境を認識しているのではなく、特定の課題とその対処法の組み合わせとして環境をイナクトしている(間主観的に環境を創造し、それを認識している)といえます。したがって、企業が環境変化に適応できる経営を失敗させてしまう原因は、企業が環境の適切な側面に注意を向けなかったことに起因することになります。つまり、企業がイナクトした環境に重要な要素が抜け落ちているために重要な環境変化の兆しに気付かなかったり、現場レベルでは気付いていたとしても、組織内プロセスの中でいつしか注意が向かなくなったということも考えられます。


企業から見れば「注意」というのは、限られた資源でもあります。企業はあらゆることにたいして注意を向けることはできないという意味です。よって、優先順位をもって特定の事象にのみ注意を向けるということになりますが、それが適切なところに向けられなければ、企業業績を大きく揺さぶるような重大な環境変化を見逃してしまったりするわけです。オカシオは、企業がそのようなプロセスを経て特定の事象に注意を向けるのかについての原理を体系化しました。この理論的体系化でキーとなるポイントが3つあります。1つ目は、人間の認知プロセスです。人間の意思決定は、何に注意を向けるかで決まってくるということです。2つ目は、人間の注意を規定する状況要因です、人間はつねに一貫した認知活動を行っているわけではありません。人間がどこに注意を向けるのかは、彼らがおかれた状況に左右されるということです。3つ目は、企業の構造的側面です。企業において、人間の注意を左右する状況というのは、企業内のルール、組織構造、政治プロセスなどによって特徴づけられるコミュニケーションやプロセスによって決まってくるということです。


オカシオによれば、上記の3つの視点を組み合わせることにより、企業がどこにどんなかたちで注意を向けるのかのパターンに関する原理が導かれれます。企業では、いわゆるルーチン業務を除けば、トップマネジメントをはじめとする企業内の人々が特定の課題とその対処策に注意を向け、「この課題に対して、こうした対処策をとろう」といったように、それらの課題と対処法を組み合わせた意思決定を行うことによって、企業全体として、環境変化に対処する行動が立ち現れてくると考えられます。しかし、企業内の人々が注意を向ける課題やその対処法というのは、彼らの眼前に現れる時点ですでに限定的なものとなっています。彼らは、組織内のプロセスを通じて取捨選択されることで限定された課題や対処策の中から特定の者を選び取るかたちで注意を払い、注意を向けたものを利用して意思決定を行うわけです。よって、場合によっては本当に注意を向けるべき課題や対処法がどこかで消失してしまって、いざ意思決定をしようとしている彼らの眼前には無いのかもしれません。そこで、どのようなプロセスを経て、企業内の人々にまで届けられる課題やその対処法のセットが取捨選択され、限定されたものになってしまうのかが重要なポイントとなってきます。


組織内で意思決定を行う人々が注意を向ける課題や対処法が限定されてしまう要因は、(1)彼らの置かれた組織内での状況、(2)組織内の複数の意思決定参加者による相互作用、そして、(3)組織内の構造的側面やプロセスによるフィルタリングが挙げられます。(1)については、組織内におけるコミュニケーションパターンや手続きによって、注意を向けるべき特定の課題や対処法が選択される一方で、別の課題や対処法が切り捨てられ消失してしまうことが起こります。(2)については、組織では集合的に意思決定がなされることが多いのですが、集団で討議をしたり政治的駆け引きを行ったりする過程で、特定の課題や対処法が選択され、他の者は切り捨てられ消失してしまうことが起こります。(3)については、組織内において何を重視するのかは、組織内のルール、組織文化、組織構造、組織内での正当性などに左右されます。したがって、意思決定者に選択肢が送り届けられるまでに、特定の課題や対処法が重要なものとして選択され、他の課題や対処法は重要ではないものとして切り捨てられ消失してしまうことが起こります。すなわり、フィルターがかかって特定の課題や対処法のセットのみが意思決定者に送り届けられます。


アテンション・ベースト・ビューでは、上記のような仕組みもしくは原理によって、企業においてどこにどのようなかたちで注意が向けられるかが決まり、それが環境変化に対する企業行動を決定づけます。このことから、次のようなことが言えるとオカシオは指摘します。まず、企業内における与件の小さな違いによって、企業の環境適応行動に大きな差が出るということです。なぜならば、その与件の違いが、企業がどこに注意を向けるかを変えてしまうからです。次に、環境が変化しているのに企業が変わることができず、適応できないという慣性(イナーシャ)や、企業が環境変化への適応に失敗する原因となる不適切な変化、そして、企業による環境変化に対する適切な適合、といった違いが、このアテンション・ベースト・ビューによって説明可能だということです。そして、企業内において注意が向けられるプロセスは、人間の認知的なメカニズムと、組織内の構造的なメカニズムの両方によって説明できるということが挙げられます。さらに、企業の戦略アクションは、選択的な注意によって決定づけられるという点です。このように、アテンション・ベースト・ビューは、企業行動を説明するための有益な視点を提供する理論枠組みだといえましょう。

参考文献

Ocasio, W. (1997). Towards an attention-based view of the firm. Strategic management journal, 187-206.