「おまじない」が業績を高める科学的証拠

大勢の前でプレゼンテーションをしなければならないとき、大切な商談を自分が仕切らなければならないときなど、私たちはしばしば大きな緊張や不安を強いられる中で仕事をしなくてはならない場面に遭遇します。オリンピックの本番で失敗してしまう選手に代表されるように、大きな緊張や不安が本番での失敗を招き、業績を損なう可能性が出てきます。研究でも緊張や不安を取り除く方法がいろいろと提唱されてきていますが、ときに、不安を取り除こうとすることが逆に不安を増大させてしまったり、科学的証拠に欠けるなど、まだ決め手がないように思えます。


しかし実は、仕事での不安を取り除き、本番でよい成果を出すことができるとても手軽でかつ効果の高い方法があるのです。しかも、最新の研究によってその科学的証拠も得られたのです。それは何かというと、「おまじない」とか「儀式」と呼ばれるものです。例えば、ラグビーで一躍有名になった「五郎丸ポーズ」が挙げられます。イチロー選手は毎朝カレーを食べているという有名な話もありました。スポーツに限らず、多くの人が仕事でも、なんらかの「おまじない」や「儀式」をやっていたりします。これは単なる「迷信」にすぎないと一笑に付するかもしれません。しかし、Brooksら(2016)の研究は、この「おまじない」が、不安を払拭することで、業績の向上につながるということを複数の実験を行うことで科学的に示したのです。


まず、Brooksらがどのように「おまじない」「儀式」(rituals)を定義しているかを見てみましょう。Booksらは、「おまじない」「儀式」を、「繰り返しやパターン化された、あらかじめ決められた順番で行う形式的かつ象徴的な行為で、かつ、その仕事の業績を高めるために合理的な道具的手段ではないもの」として定義します。ですから、スポーツの前の準備体操のようにその行為が業績を高めることが論理的に示されるものは「おまじない」ではありません。また、その行為になんらかの象徴的な意味(例、神様が見守ってくれる)が込められていない場合も「おまじない」ではありません。


次に、なぜ「おまじない」「儀式」が本人の不安を軽減し、業績向上につながるのでしょうか。Brooksらは、少なくとも4つのメカニズムによって、おまじない・儀式が業績を高めることを示します。1つ目として、決まった行為の連続や繰り返しからなる「おまじない」「儀式」は、それ自体が安定した行為であるため、本人の気持ちの安定にもつながります。2つ目に、「おまじない」「儀式」に精神を集中させることで、ネガティブな気持ちをブロックすることにつながります。3つ目に、「おまじない」「儀式」の象徴的な意味(例、このおまじないは幸運を呼ぶ)が不安をやわらげます。4つ目に、おまじないや儀式は「プラシーボ効果」をもたらします。プラシーボ効果とは、ただの小麦粉の粒を薬だと聞かされて飲んだ患者の病気が治ったといったような効果を指します。「このおまじないは良く効くのだ」と信じることがよい結果をもたらすのです。これらのメカニズムによって「おまじない」や「儀式」を行う人々の不安は軽減され、業績が上がるとBrooksらは考えたのです。


上記の理論を確かめるためにBrooksらは巧妙な4つの異なる実験を行いました。実験では、被験者に「人前で歌を唄う」「難しい数学の問題を説く」といった、不安を喚起させるような課題を提示し、半分の被験者には「おまじない」をしてもらい、残り半分の被験者にはなにもしてもらわないというような方法で、本人の不安および結果を測定しました。本人の不安の測定には、自己申告にくわえ、心拍数を測定する器具を用いることもしました。また、後半の実験では、「おまじない」だと思わせてある行為をしてもらうのか、「おまじない」の意味を付与しないで単なる意味のない行為としておなじことをしてもらうのかによる違いも検討しました。一連の実験の結果、本人たちが、これは「おまじない」だと思ってある特定の行為をした場合に、そうでない場合に比べて、タスク直前の不安はより軽減され、タスクの成果はより高いことが分かったのです。


Brooksらの研究の大きな貢献は、「おまじない」とか「儀式」というのは何の根拠もない迷信などでは決してなく、仕事上の不安を軽減し、業績を高める、簡便かつ効果の高い手法だといういことを科学的に示した点にあります。どうしても緊張してしまう、不安になりがちだという人は、ぜひ「おまじない」「儀式」を試してみてください。

参考文献

Brooks, A. W., Schroeder, J., Risen, J. L., Gino, F., Galinsky, A. D., Norton, M. I., & Schweitzer, M. E. (2016). Don’t stop believing: Rituals improve performance by decreasing anxiety. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 137, 71-85.