なぜコミットメントやモチベーションではなく「ワーク・エンゲージメント」に着目するのか

近年、職場における「ワーク・エンゲージメント」という概念への注目が高まっているようです。エンゲージメントの定義は必ずしも1つに定まっているわけではありませんが、近年の学術研究で多く用いられている意味合いとしては、従業員が生き生きと仕事に取り組む姿勢を示すもので、仕事に対する「熱意」、仕事への「没頭」、そして仕事をするうえでの「活力」がみなぎった状態の3つの次元で表されます。従業員のエンゲージメントが高まれば、組織の業績も高まると考えられています。


しかしながら、以前は「コミットメント」という概念に注目が当たった時期がありましたし、モチベーションについても常に話題になります。しかも、エンゲージメント、コミットメント、モチベーションなどの概念は、一見すると類似した概念のように感じられますので、なぜわざわざ「エンゲージメント」という概念にこだわるようになったのか、混乱するのではないでしょうか。実際、エンゲージメント、コミットメント、モチベーションは、相互に相関しているはずであり、例えば、モチベーションやコミットメントが低いのにエンゲージメントだけが高いというようなことはあまりないでしょう。それもそのはずで、これらの概念はすべて仕事におけるポジティブな従業員の心理状態を示しているからです。ですから、従業員が仕事に関してポジティブな心理状態にあるならば、厳密な意味ではそれぞれの概念に違いはあるにせよ、コミットメントも、モチベーションも、エンゲージメントも高まっていると考えられるわけです。


では改めて、なぜコミットメントやモチベーションではなく、「エンゲージメント」に着目するのか。私見では、これは、類似した概念であっても、コミットメントやモチベーションとエンゲージメントでは、そのコンセプトの背後にある思想が異なるからだと考えています。一言でいうと、コミットメントやモチベーションは、現代経営学をリードしてきたアメリカ的な思想から来たものであり、エンゲージメントはヨーロッパ的な発想からできた概念だと思われるのです。アメリカ的思想のコンセプトの例が、成果主義、目標設定、変革型リーダーシップであり、ヨーロッパ的な思想のコンセプトの例が、ワークライフバランスワークシェアリングウェルビーイングです。


アメリカ的な思想とは、自由競争市場を前提とする中で、組織やそこで働く個人の生産性を高めるにはどうすればよいかという問いが前面に出てくるような発想です。例えば、組織やチームの生産性を高めるために、従業員にコミットしてほしい、業績を高めるためのモチベーションを高めてほしい、コミットメントやモチベーションが高まるようなリーダーシップが必要だというように、マネジメント側からの要望が強く反映されているように思われます。それに対して、ヨーロッパ的な思想とは、やや社会主義的な発想が含まれており、組織や個人の生産性も大切だけれども、従業員の心身の健康や幸福ももっと大切ではないか、という考え方だと思います。つまり、アメリカ的思想と比較すると、労働者目線での考え方が多いということです。


コミットメントやモチベーションが高ければ、従業員の心身にも良い影響を及ぼすと考えられますが、従業員の心身の健康といった意味合いはそのコンセプト自体には含まれていません。一方、エンゲージメントというコンセプトには、従業員の心身の健康といった意味が直接的に含まれています。なぜならば、エンゲージメントは、ストレスや疲労感やバーンアウトと対立する概念としてとらえられているからです。エンゲージメントは、仕事につぎ込むエネルギーやリソースに満ち溢れている状態であって、そのようなエネルギーやリソースが失われる状態が、ストレスや疲労感やバーンアウトだからです。


また、アメリカ的な発想でコミットメントやモチベーションを高め、格段に生産性があがったとしても、その結果、従業員のエネルギーがすり減って、疲労がたまったり健康を害するようなことがあれば、ヨーロッパ的な発想では受け入れがたいととらえられるのではないでしょうか。このような視点で見るならば、コミットメントやモチベーションといった概念と比べると、エンゲージメントのほうが、長期的には従業員の幸福につながることが想定されている概念だということもできるでしょう。


もし、コミットメントやモチベーションよりもエンゲージメントへの注目が高まる状態が続くようであれば、それは、日本の社会が成熟化に向かっている中で、昔のようなモーレツ社員を推奨するような考え方が衰退し、競争主義のもとで生産性や成長を追い求めるばかりではなく、従業員の心身の健康や幸福の実現にも十分に気を配っていかなければならないという考えが普及し始めている兆候なのかもしれません。

参考文献

Bakker, A. B. (2017). Strategic and proactive approaches to work engagement. Organizational Dynamics, 46(2), 67-75.