ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を実現するためのベストプラクティスとは

近年は、企業経営におけるダイバーシティインクルージョン(D&I)の重要性が世界的に強調されるようになってきました。しかし、日本ではまだまだ、ダイバーシティインクルージョンは進んでいないようにも見受けられます。今回は、ダイバーシティと比べると比較的新しい概念であるインクルージョンに着目して、インクルーシブな組織にするためのベストプラクティスについて解説したいと思います。その前に、そもそもダイバーシティインクルージョンと並列して使われることが多いこの用語ですが、ダイバーシティインクルージョンはどう違うのかについて明確にしておこうと思います。


Ferdman (2014)によれば、ダイバーシティとは、簡単にいえば「組織や職場において、複数のサブグループや文化的背景を持った人々が共存していること」だといえます。これには、国籍、年齢、人種、性別、価値観、文化、宗教、教育、スキルなど、様々な要素が含まれることでしょう。そして、ダイバーシティを意識するということは、すべてのサブグループに属する人々が平等に扱われること、そして少数派などに対する差別がないことということになります。しかし、ダイバーシティが高いということだけでは、それが組織の生産性や企業業績につながるとは言えません。実際、ダイバーシティが高いということは、企業業績から見るとポジティブな影響もネガティブな影響もあるわけです。それに対してインクルージョンは、いかにダイバーシティを組織、職場、個人にとってポジティブな成果に結びつけるかという視点を重視しています。


インクルージョンとは、簡単にいえば「ダイバーシティが高い組織や職場において、人々が真に結びつき、関与し合い、自らが持っている違いを最大限に生かしきれている状態」だとFerdmanはいいます。すなわち、ダイバーシティが有している「違い」が、認識され、尊重され、活用されているような状態であることであり、個人の視点から見れば、自分が組織や職場やそこでの仲間にフルに受容され、尊重され、ゆえに所属意識が高く、なおかつ、自分が他の人たちと違っているというユニーク性を犠牲にすることなく、むしろそのユニークさが尊重され、感謝され、そのユニークさによって組織や職場に貢献できているという状態であると言えます。この状態は、例えば、いくら組織のメンバーに受容されて同じメンバーとして扱われていたとしても、その状態を維持するために多数派が持っている価値観などに従うことが必要となり、自分のユニークさを抑制しなければならないような状態とは異なります。


では、組織はいかにしてダイバーシティを推進するだけでなくインクルージョンを高めることができるのでしょうか。インクルージョンを実現するためには、組織構造、組織の文化(価値観や行動規範)、風土やチームワーク、リーダーシップ、集団および個人の行動など、すべての要素が相互に働き合いながらインクルージョンが推進されていくことが求められます。トップマネジメントのみあるいは特定の部署のみが旗振りをしているだけでは実現しません。このように、組織全体ですべての利害関係者が関与することによって、インクルージョンを実現するために必要な要素、その要素を実現するために必要な施策、制度、行動を、特定し、それを実施していくことが重要となります。ここでは、そのようなプロセスで特定されるインクルージョンの要素の一例として、Ferdmanによる、インクルージョン経験の例示を紹介します。これは、インクルーシブな組織では、メンバーはどのような経験をするのかを整理したものです。


Ferdmanが提唱するインクルージョン経験の6要素は、インクルージョンのベストプラクティスを考えるうえで有用でしょう。1つ目は、組織のメンバーが、組織や職場が物理的かつ心理的に安全であると思えることです。つまり、誰もが、危険な目に合わない、差別されたり攻撃されたりしない、安心して自分の意見が言える、などの状態です。2つ目は、組織や職場の活動に参加、関与できている、あるいはエンゲージメントが高い状態です。例えば、組織のリソースに容易にアクセスでき、仕事や活動において他のメンバーを信頼でき、あるいは他のメンバーから信頼され、活動にフルに参加し従事できる状態であることです。3つ目は、組織や職場において尊敬され、感謝されていることです。これは、自分がこの組織や職場で存在価値があるのかという問いに答えることでもあります。4つ目は、組織や職場の意思決定に参加し発言し影響を与えることができるかということです。5つ目は、自分のユニークな特徴を表現でき、それを仕事や活動に活用できるということです。つまり、組織や職場で「自分らしさ」を維持できるかということです。6つ目は、組織や職場でダイバーシティが認識され、意識され、賞嘆されているかということです。メンバー全員が、ダイバーシティを大切にしているということです。


ダイバーシティが高まった組織や職場で働くメンバーが、上記の6つの要素に代表される経験をすることができる組織や職場を作り上げることができれば、インクルージョンの高い状態が実現することになります。インクルージョンが高まれば、ダイバーシティが真に組織や個人にとって成果をもたらすもの、価値の高いものとなることでしょう。