多国籍企業の言語戦略:ルオ=シェンカーモデルとは

多国籍企業は、様々な地域で事業を行っています。したがって、多国籍企業が使用する言語も多岐に渡ります。つまり、多国籍企業は、多言語企業であるということができます。言語は、企業内のコミュニケーション、コーディネーション、そして知識移転や共有に必要不可欠であるため、多国籍企業の競争力を左右する重要な要因だといえます。しかし、従来の国際経営論や戦略論、組織論では、それほどまでに重要な「言語」の問題を大きく取り上げてきませんでした。とりわけ、多国籍企業の戦略的視点から、言語戦略や言語政策にアプローチする研究があまりなかったのです。

 

このような国際経営論の問題に対して、多国籍企業論の言語戦略の理論的枠組みを提供しようとしたパイオニア的な理論論文が、Luo & Shenkar (2006)でした。LuoとShenkarは、多国籍企業内における使用言語のグランドデザイン、すなわち言語戦略が、企業競争力を大きく左右するという前提に立った理論枠組みを構築したのです。多国籍企業がどのような言語を選択しどのように使用するのかに関する言語戦略は、多国籍企業の国際戦略や国際組織構造とも深く関連し、その良しあしが、多国籍企業全体としての統一感や知識移転・知識共有、ひいては競争優位性につながるわけですが、それは経済的かつ戦略的なプロセスであると当時に、創発的・進化的なプロセスであり、限定合理性の影響も受けるとLuoとShenkar論じます。

 

LuoとShenkarによれば、多国籍企業の言語戦略の根幹となる言語選択については、多国籍企業全体の運営に影響する本国機能言語(Parent functional language)と、海外子会社内などの運営に影響するサブユニット機能言語(Subunit functional language)の選択に分かれます。これらの機能言語は、本国言語、現地言語、第三言語(英語など)から選択されますが、単一言語の場合と複数言語の共存の場合があり、多国籍企業内でどれくらい幅広く用いられるか、またどれくら頻繁に用いられるかという次元でも捉えられます。

 

本国機能言語とサブユニット機能言語はそれぞれ、選択の決定要因が若干異なります。 本国機能言語は、多国籍企業全体に言語デザインにかかわりますので、多国籍企業の国際戦略、組織構造、そして業務上の特徴(グローバル統合と地域適合)が主な決定要因となります。例えば、多国籍企業がグローバル統合をメインとするグローバル国際戦略・組織を志向しているのであれば、本国機能言語は幅広さと強度の大きい単一言語となるでしょうし、多国籍企業が現地適合をメインとするマルチドメスティック国際戦略・組織を志向しているのであれば、幅広さと強度はやや小さい複数の言語の共存になるでしょう。

 

サブユニット機能言語の場合、サブユニットの形態(100%子会社、ジョイントベンチャー、支店)、戦略的役割、海外駐在員の役割などが主な決定要因となります。例えば、100%子会社であったり、本国や多国籍企業の他のサブユニットとの連携、知識移転、知識共有が重要であったり、本国籍人材の駐在員によるマネジメントが求められるような場合は、本国機能言語がサブユニット機能言語としても用いられる可能性が高くなるでしょう。一方、サブユニットが現地サプライヤーや現地市場と深くかかわっているような場合は、現地の言語がサブユニット機能言語となる可能性が高いといえます。

 

上記のような決定要因によって、多国籍企業内で用いられる言語とりわけ本国機能言語とサブユニット機能言語が選択され、それらが組み合わさって多国籍企業内の言語システムを構成するということをLuoとShenkarは理論フレームワークとして示したわけです。ただし、LuoとShenkarは多国籍企業の言語戦略を理論化した最初の論文であるため、まだ抽象度が高く、粗削りな面もあります。例えば、世界中に分布している言語には、近い言語と遠い言語があり、それらがどのように多国籍企業の言語選択に影響しているのかについては論じられていませんし、多国籍企業が機能言語を選択したあと、それをどのように運用するのかについても論じられていません。これらは将来研究で明らかにしていくことだとLuoとShenkarは締めくくっており、そのような方向性で、多国籍企業の言語研究が発展の途についたのだといえましょう。 

 

**参考文献

Luo, Y., & Shenkar, O. (2006). The multinational corporation as a multilingual community: Language and organization in a global context. Journal of International Business Studies37(3), 321-339.