ピーター・センゲに学ぶ「システム思考」入門

現代は、VUCA(変動制、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代と呼ばれています。このような複雑な世の中において企業を経営したり世渡りを行っていくうえでますます注目が高まっているのが「システム思考」です。システム思考とは、対象や環境を様々な要素が結び付いたシステムであると捉え、システムが有する特徴を用いてその対象や環境の性質を理解することを可能にするスキルです。今回は、このシステム思考の本質を分かりやすく説明しているピーター・センゲの代表作「学習する組織」を用いて簡潔に解説してみたいと思います。

 

まず、全体を理解するためのシステム思考の要諦は、物事ではなく、相互関係を見ること、静態的な「スナップショット」ではなく、変化のパターンを見ることです。すなわちそれは、原因と結果がわかりにくい「ダイナミックな複雑性」を理解することです。別の言い方をすれば、ダイナミックに複雑な状況にある「構造」を理解し、レバレッジの低い変化と高い変化を見分けることです。このようなダイナミックな変化のパターンを理解する上での中心概念が、因果関係の環である「フィードバック・ループ」です。このフィードバックプロセスには、自己強化型のフィードバック・ループとバランス型のフィードバック・ループがあります。

 

自己強化型のフィードバック・ループは、小さな変化がそれ自身をもとに増強され、同じ方向にさらなる変化を生み出すプロセスで、成長の原動力です。物事が成長している状況にあるときはいつも自己強化型のフィードバックが働いているといってよいとセンゲはいいます。小さな下落が増強されてますます大きな下落になる衰退のパターンにおいても自己強化型フィードバックが働いていると言えます。つまり、好循環と悪循環を生み出すフィードバック・プロセスなのです。一方、バランス型のフィードバック・ループは、目的を志向するシステムの挙動で、車のアクセルとブレーキを使って一定の速度を保とうとしたり、哺乳類が体温を一定の温度に保とうとするために目的との乖離を修正するようなフィードバック・ループです。こちらは、システムを安定させる方向に働くフィードバック・プロセスです。

 

そして、多くのフィードバック・プロセスには「遅れ」が伴い、徐々に行動の結果をもたらす「影響の流れ」を中断させることがあることを理解することも大切です。センゲは、すべてのフィードバック・プロセスには何らかの形で遅れが生じるといいます。ただ、その遅れが認識されないか、よく理解されないことが多く、これがしばしば、あるアクションに対するフィードバックが思った通りに来ないという焦りから「行き過ぎ」を招くというわけです。自己強化型フィードバック、バランス型フィードバック、フィードバックの遅れの3つは、システム思考の基本構成要素であり、これの組み合わせによって、多くのシステムに共通して含まれ、繰り返し起こる構造としての「システム原型」が理解できるとセンゲはいいます。

 

センゲによれば、システム原型の数は多くなく、経験豊富なマネジャーなら直観的に知っているものだそうです。センゲはそのうちの9つを紹介しています。まず、もっとも頻繁に起こるものとして「①成長の限界」と「②問題のすり替わり」があります。成長の限界は、自己強化型のフィードバック・ループが望ましい結果を生み出すように働き、成功の好循環を生み出すが、特定の制約条件の存在や出現によって、その成功を減速させるバランス型のフィードバック・ループが働くことにより、成長が止まってしまうようなプロセスを指します。つまり、成長の好循環はしばらくの間は自己強化型のフィードバック・ループによって持続しますが、やがてそれが制約条件に起因するバランス型のフィードバック・ループにぶつかり、その作用が成長を制限するわけです。

 

問題のすり替わりは、ある問題の症状を調整または補正しようとする2つのバランス型フィードバック・ループと、一方からもう一方のループに作用する自己強化型のフィードバック・ループが存在しています。一方は、根本的な解決策を通じて問題の症状を緩和・解消しようとするバランス型フィードバック・ループで、もう一方は、対症療法的な解決策によって問題の症状を緩和しようとするバランス型フィードバック・ループです。多くの場合、対症療法的な解決策によるバランス型フィードバック・ループが優勢となり、対症療法による副作用が、自己強化型のフィードバックとして働くことで根本的な解決策の発動を難しくするため問題の症状を悪化させるという悪循環のプロセスにもつながっています。

 

成長の限界というシステム原型において、それを克服するためのレバレッジを得るためには、自己強化型フィードバックを強めるという方法もありますが、バランス型ループを生み出す制約要因を特定して、それを変えることが重要だとセンゲは言います。制約要因がある場合は、いくら自己強化型プロセスを増強しようとしても、その壁にぶつかってしまうからです。一方、問題のすり替わりのシステム原型において、それを克服するためには、根本的な対応を強めることと、対症療法的な対応を弱めることを同時に行うことが必要だとセンゲはいいます。対症療法的な対応に伴う副作用がもたらす自己強化型プロセスは根本的な対応を難しくしてしまうため、それを取り除くのがよいのです。

 

上記の2つのシステム原型以外のものとして、「遅れを伴うバランス型プロセス(システムの反応が鈍いために積極的な行動がやり過ぎにつながり不安定を生みやすい)」「介入者への問題のすり替わり(外部の介入者が問題解決を援助することが、内部の関係者の能力向上を阻害し、内部の解決策が生み出されなくなる)」「目標のなし崩し(短期的な解決策として、長期的な根本的目標を下げさせる)」があります。後ろの2つは、問題のすり替わり構造の一種と考えることもできます。「エスカレート(AとBがいる場合、AがBに対して優位性を築こうとすると、Bが脅威を感じ、Aに対する優位性を築こうとする、するとAが脅威を感じ、、、という行動が繰り返し行われ、エスカレートする)」というのもあります。

 

さらに、「強者がますます強く(限られた支援や資源をめぐって競うとき、一方が成功すればするほど、入手できる支援や資源が多くなり、他方の支援や資源を欠乏する)」「共有地の悲劇(個人が、多くの人々によって共有される限られた資源を個人のニーズにのみ基づいて利用すると、次第に得られる利益が少なくなった時にさらに利用努力を高めるため、最終的に資源が枯渇するか、損なわれる)」「うまくいかない解決策(短期的には効果をあげる解決策が、長期的に予期せぬ結果をもたらし、その結果によって同じ解決策をさらに用いる必要がでてくる)」「成長と投資不足(成長が限界に近づいたときに投資を行わなくなるため業績が低迷していく)」などが挙げられています。

 

上記で紹介したようなシステム原型すなわちシステムにおいて何度も繰り返し生じる「構造」の型を習得し、それを組み合わせることで、より複雑なシステムの理解が可能になるとセンゲはいいます。そして、システム思考を基礎とし、自己マスタリー、メンタル・モデル、共有ビジョン、チーム学習を加えた5つのディシプリンが学習する組織を生み出すと解説しています。

参考文献

ピーター・M・センゲ 2011「学習する組織――システム思考で未来を創造する」英治出版